第1514話、臣下に求められる物。

「姫様、一体何を仰っておられるのですか。陛下への謁見にその様な無礼が許されるとお思いですか。たとえ相手が精霊付きであろうとも、いえ、精霊付きという強大な存在であるからこそ、その力に王であるお姿を、王家の権威を教えねばならないでしょう」


 王女の最後の足掻き。本当のギリギリの足掻き。欲張りな願いは届かなかった様だ。

 先の言葉をどんな思いで発したのかも解らず、男はそんな言葉を王女に投げる。

 告げられた王女の顔は、俺からは見えない。だがきっと、苦しみで歪んでいるだろう。


 やはりこうなったかと。どうにもならないかと。自分の足搔きは意味を成さないのかと。


「何せ、彼女は子供なのですから。まだ常識を知らないだけでしょう」


 余りにも能天気なその言葉に、王女は拳を強く握っていた。

 勿論王女も、男の事を強くは責められない。何せ本人もそうだったんだ。

 違いがあるとするならば、事が起きた後の認識の違いだ。


 王女は俺達が戦う現場に居た。この男は後ろで安全な場所でのうのうとしていた。

 そこに危機感の差がある。俺という人間が、シオという人間が、どういう判断を下すのか。

 社会の常識など、貴族の権威など、王族の見栄など一切合切知った事ではないと。


「なに、中姫様との事を水に流す事と引き換えに召し抱えれば、精霊付きの立場も悪い事にはなりますまい。お嬢さん方も、あの一件以降暴れる様子はないではありませんか」


 中姫様。ああ、あの小娘の事か。下は末姫様とでも言った所か?

 末の妹が生まれる前は何と呼んでいたのか若干気になるな。

 コイツ等どう見ても年が離れているし。


「・・・ミク殿、私は無力だな。必死に訴えたんだ。これ以上人死にが出ない様に必死に。その私がここまで言う事実を、この様に軽く捉えられる。王族の権威とは何だと言いたくなる」


 そしてまだ状況の読めない男の言葉に、とうとう王女は諦めてしまった。

 本当は諦めたくはないだろう。足掻くだけ足掻いて改善はしたいのだろう。

 だが解っているんだ。もう既に無理だと。俺が一歩、踏みだしてしまったから


「貴様の疑問に答えるならば、王族の権威を語るのは王本人であるべきで、この小物に語らせているのが問題なだけだろうよ。王の意思を無視した王の権威など、存在しないに等しい」

『王様ってのは、王様だから、王様なんだよね』

「・・・そうだな。そうかも、しれんな」


 そうして王女の前に出て、男の前に立つ。男は俺の言葉に眉をひそめていた。


「聞き捨てなりませんな。王の権威とは、我々が崇めるに足る王がいてこそ。なればこそ、王に仕える者は時に王の意向を諫め、王の為に逆らい、王が王であるように進言する。ただ王の言葉に唯々諾々と従うだけであれば、下々の者達で十分なのですよ。解りますかな、お嬢さん」


 そして男は俺を目の前にしても、未だその態度を崩さない。

 ああ、解っている。コイツの思考回路が手に取るように解るさ。

 死なないと思っているんだろう、殺されないと思っているんだろう。


 あれだけの事が有りながら、取りあえずは事を収めた精霊付き。

 門前での戦闘でも、戦闘を避ける様に動いた精霊付きなのだから。

 むやみやたらに手は出さない。少なくとも無駄に人死には出さないと。


「問答はもう不要だ。王女の警告が貴様には聞こえなかったのか。だが奴の泥臭い足掻きに免じて一度だけ貴様らに猶予をやる。俺の進む道の邪魔をするな。邪魔をするなら全て殺す」


 そう告げて、王女の握り拳の思い分だけ猶予を与え、男の横を通り過ぎる。


「なっ、何を、ま、待ちなさ―—————」


 だが当然男は俺を止めようと手を伸ばし、俺はその手を引いて落ちて来た頭をぶん殴った。

 一切容赦の無い、加減の無い一撃は、相変わらず打撃とは思えない音を周囲に響かせる。

 男の頭は砕ける所かはじけ飛び、残った体は俺が手を離すと力無く地に落ちた。


「それが、権威を軽くした貴様の最後だ。王を、王族を、王女の想いを重きに置かなかった家臣もどきの最後だ。貴様の言う臣下の条件は、有事に的確な判断が出来る人間に許される言葉だ」

『つまり兄の様に優秀だと許される!』


 俺はそう吐き捨ててから、再度足を進める。目の前の大きな建物へ。


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