第1513話、欲張り

「こちらだ。付いて来てくれ。あの馬鹿共がやらかしてくれたおかげで、警備に穴が開いている状態だ。暫くは暗闇に紛れて進める事だろう。態々見張りの明かりまで全て落としおって」


 顔を顰めながら周囲を見回す彼女に釣られ、俺も同じ様に見回す。

 確かに明かりが少ない。こちらへ駆けて来る兵士の足音もようやく近い。

 この段になっても駆けつけて来ないという事は、相当広範囲に害をなしている。


 あの男に賛同するしかなかった連中は、この為の人手でしかなかったのだろう。


「まっくらー」

『まっくらだねぇー。ふふふ、兄は暗闇に潜む影ヨ・・・』

「見事に混乱しているな。普段なら暗闇だとて、ここまで見つからん事は無いだろうよ」


 余りの不測の事態に対し、兵士達が対処に困っているのが伺える。

 おそらく指揮官が優先的に眠らされているのだろう。

 これも人手を駆使した結果か。


 だとしてもここまで鮮やかにやってのけるには、警備の把握が必要になる。

 兵士を眠らせるにも配置や交代時間のタイミング、明かりを消す順番も重要か。

 実に鮮やかに制圧してここに来た訳だ。全くもって無駄な部分だけ優秀な男だ。


「性質の悪い働き者だな」

『働き者は良い事では? 兄は働き者だよ?』


 良くはない。そんなものは場合による。


 状況次第では有能だったのだろう。状況次第では奴の在り方は正しかったのだろう。

 だが奴の正しさは、何も持たない人間でなければ許されない物だ。

 何かを抱える人間なら、人を守る側に居る人間なら、王女の方が明らかに正しい。


 王女も王女でどうかという部分は多いが、少なくともあの馬鹿よりは余程マシだ。

 極端な結論を導き出す人間は、上に立つ人間として相応しくない。俺の様にな。

 人を導く立場とはそういう物だ。曖昧な思想の上を曖昧に上手く渡って行く必要がある。


 更には優秀でなければ有事に対処しきれないし、判断にも苦しみを要求される。

 だから割に合わない仕事なんだ。領主や、国王なんてな。

 真面目に仕事をする人間ほど、その立場の苦労は馬鹿げている。


 有能無能関係無く、その重みを理解する者であればこそ、余りに割に合わん仕事だ。

 辺境領主はそれを承知で誇りに思っているし、武王は能力が有るが故に辞められない。

 俺は・・・まあ、無能だったがな。無能ではあったが、その重みは知っていたつもりだ。


「・・・流石にここから先は人が多いか。城内の有事だから、当然と言えば当然か」


 王女は暗がりで足を止め、明かりが多くなっている通路へ目を向ける。

 そこには兵士が多く集まっており、身なりの良い集団も見える。

 この国の貴族か。それとも高位の文官か。まあ別にどうでも良いが。


「あの先か」

『明るい所いくのー? 兄暗闇に潜むのちょっと楽しくなって来たんだけど』


 俺が問いかけると、王女はコクリと頷く。


「ああ。一応兵士達への警告はさせて頂けるか」

「好きにしろ。ただし向かって来る者に容赦はせんぞ」

『ぶっとばしちゃうぞー!』

「十分だ」


 王女は俺の前を進み、明かりの中に足を踏み入れていく。

 当然その姿に兵士が気が付き、一瞬武器を向けかけ慌てて下ろした。

 だがその背後、俺とシオとヨイチの姿に、困惑の表情を見せる。


「姫様、お戻りになられましたか。して、何事が・・・おや、そちらの者達は?」


 その中に居る一人、身なりの良い男が王女に声をかけつつ、俺達を睨む。

 不審人物に向けるその目は、何処か下賤の物を見下す物を感じた。

 まあ俺が感じるだけで、本当はそんな事は無いのかもしれんが。


「精霊付き殿だ。陛下に会いに来られた。通せ」


 そんな男に対し、王女は端的に告げる。感情の見えない声音で。


「おや、そうでございましたか。流石は姫様。精霊付きを説き伏せたのですな。ですが流石に今陛下への目通しは如何なものかと。この騒動の確認もまだ取れておりません。翌朝に改めて彼女達には訪問して頂き、陛下にも身を清める時間を―—————」

「私は、通せと、そう言った。邪魔をするならば、貴様の命が無くなるぞ」

「―—————は? 姫様、何を?」


 その問答は、これまでどういう会話が有ったのかが良く解る物だった。

 成程コイツ等は王女の邪魔をしていた連中か。そして危機感の欠如した連中か。


「兵士達も、女中も、全員だ。彼女の道を塞ぐ者は、皆命を無くすと心得よ」


 だが王女は静かに、ただ静かに、そう告げた。

 邪魔をし続けた相手すら、その命を救う為の警告を。

 本当に、お前はギリギリまで欲張りだな。その諦めの悪さだけは嫌いではない。

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