第1056話、対応はどうするか
『ふぅ、おちゃが美味しい・・・』
「サクサク・・・」
精霊とシオが、菓子と茶を前に幸せそうにしている。
それをぼーっと眺めながら、耳に入って来るのは雨の音。
煩いとは感じない。むし心地良いと感じる。
本来なら足止めを喰らって苛つくはずが、そんな気分は全く無い。
恐らく目的意識が薄いからだろう。今回は一切時間を気にしていない。
なのでこんな現状でも特に焦る事も無く、のんびりと茶を楽しめている。
「・・・前回が不愉快な旅だったのも大きな要因かもしれないな」
旅路の緩さで言えば、前回の方が余程ゆっくりではあった。
商隊の速度に甘んじて、車の中でのんびり訓練をしていたしな。
だがそれはあの不愉快な連中と共に旅をしており、気分の良いものでは無かった。
傍に不愉快な人間が居るかどうかは、やはり大きな物だなと思う。
「あ」
そんな風にぼーっとしていたが、肝心な事を思い出した。
食事に関して何も言っていない。伝えておかねば恐らく量が少ない。
街に泊るなら腹いっぱい食うつもりなので、今の腹具合は完全にその状態だ。
「シオ、ベルを鳴らせ」
「う? うっ!」
『妹の妹の鳴らす音は可愛いなぁ。兄は我慢できずに振り回しちゃう』
ベルはシオがずっと抱えていたので、声をかけて鳴らして貰う。
すると流石にこれは精霊の真似をせず、常識的な大きでベルを鳴らす。
ただベルを鳴らすだけなのにとても楽しそうだ。鼻歌迄歌い出している。
そして使用人達はドアのすぐ外に居るので、当然ながら直ぐに部屋に入って来た。
ノックは無いんだな。こちらが呼んでいるから、という事だろうか。
部屋に入ると目だけで部屋を見回し、シオに向かって腰を折った。
「ご用件をお伺い致します、お客様」
「うっ・・・う? みーちゃ?」
『妹の妹が困っている! これは兄として助けが必要だ! という訳でお菓子追加で』
「夕食について頼んでおこうと思ってな」
「夕食で御座いますか」
シオが視線を俺に向け、俺が口を開いた事で使用人は俺に向き直る。
「お客様が滞在されるのですから、夕食は当然用意させて頂きます。ご安心を」
「いや、心配しているのは夕食の有無では無く量だ。俺とシオはお前達から見れば尋常じゃない量を食う。最低でも10人前は要る。無論それは最低の範囲だ。もっと食えるぞ」
『兄もいっぱい食べるよ?』
「じゅっ・・・か、畏まりました。料理長に伝えておきます」
使用人は俺の告げた量に驚いたが、再確認する様な事は無かった。
軽く腰を折って了承を口にすると、静かに部屋を出て行く。
優秀だな。この家の使用人の質は高い様だ。
門番兵士も多少愉快では有ったが、優秀な人間だったと思う。
領主は俺との距離を測る事をせず、最初から距離を取っている辺りも利口だ。
君主危うきに近づかず、という行動をしている。危機意識が高いのだろう。
それを家族や、恐らく使用人にも言い含めている。この短時間で。
「どう出てくるかと思ったが、これなら気分良く過ごせそうだな。あの問題ありそうな少女は兄がしっかり押さえている様だし、一番問題ありそうな女は身を危険に晒さん様子だしな」
「う? なにかもんだい、あった?」
『兄は妹を持ち上げても抑える事は許されないと思う! そう、僕の様に、僕が兄で、兄は僕で、兄として妹達の甘えを全て受け止める事こそが、至高の兄!』
物理的な事を言ってる訳じゃないぞ。いや、物理的以外の事も言ってるのか?
どちらにせよそれはお前が下らない事しかしないせいだろうが。
投げるのも踏むのも焼くのもお前が意味の解らん事をするからだ。
「まあ、何が有ろうと何時も通り対応するだけだ。娘が絡んで来るならデコピンの一つはくれてやるし、女の方は更なる報いを受けて貰い、内容次第では殺す。それだけだ」
「うに・・・」
「どうしたシオ、何か言いたげだな」
「みーちゃ、いやなきぶん、ならない?」
「さあな。その時次第だ」
俺は殺しが好きな訳じゃ無い。それならこんなに大人しくしていない。
ただ悪党らしく、悪意に悪意で返すだけの事。返したとて不愉快な思いは消えはしない。
唯々絡まれるのが不愉快で、俺に害を成す存在を消したいだけに過ぎない。
まあ、相手によっては多少のうっぷん晴らしにはなっているがな。
心底気に食わない相手であれば、怒りをぶつけるのに丁度良い。
『その時は兄が妹を笑わせてあげるから大丈夫! 兄の踊りを見よ! これが、これが兄だ!』
精霊はそんな俺達の会話を吹き飛ばす様に、陽気に声を上げて踊り出す。
また何処から出したのか、大量の羽を身に着けて。七色に光る羽を。
目が痛い目が。何だそのギラギラ光る羽は。楽しさよりうっとおしい。
俺が不快にならない為にと思うなら、頼むから静かにしていろ。
「おー、にーちゃかっこいー! はねいっぱーい」
『ふぅーははー! 腰の動きが肝なのだー!』
だがシオは相変わらずキラキラした瞳で、精霊は更に調子に乗る。
魚は自分も同じ目を向けられたいのか、垂直になってくねくね踊り出した。
率直に言って気持ち悪い。そもそも踊りに見えない。
だが精霊が踊り、シオが真似をし、自分も参加をしている気持ちなのだろう。
魚はどこか満足気で、俺だけがこの空気についてけない。
「はぁ・・・」
静かな茶の時間だったんだが。やっぱりコイツ捨てたい。
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