第1055話、どうでも良い事情

「こちらをお使い下さいませ。何か御用がおありでしたら、このベルを—————」

『これかああああああああ!!』


 挨拶を終えた後で客室に案内され、良くある流れで説明をされた。

 ただしその途中で精霊がベルに飛びつき、ガランガランと全力で振る。

 それを見た使用人はぎょっとした顔になり。俺とベルの間で視線を往復させた。


「あ、あの、こ、これは、一体、なにが」

「精霊がふざけているだけだ。煩いから止めろ。シオ、もっとけ」

「うっ、シオもっとく」

『ああー、また取られてしまったー!』


 困惑する使用人に雑に返答し、ベルを取り上げてシオに渡しておく。

 シオは以前ベルを鳴らせなかった事を覚えており、確りと抱えてしまった。

 子供ってそういう物好きだよな。バスのボタンとか、エレベーターのボタンとか。


「とりあえず用は・・・ああ、水か茶か何でも良いが、飲み物を貰えるか」

「か、かしこまりました」


 使用人はまだ驚きから立ち直れないまま、それでも腰を折って部屋を去って行った。

 とはいえ扉の向こうに数人、世話係なのか、監視なのか解らんのが居るが。

 使用人以外にも武装した兵士が居るしな。通常なら客人の護衛とも取れるかもしれんが。


 アレは俺に対する警戒と見る方が良いだろう。まあ別に構いはしないが。


「しかし、良く降るな」

「あめ、やまないねー?」

『お空が真っ黒ー!』


 雨脚はそこまで強くはないが、小雨という程弱くない。

 そんな感じの雨が延々降っており、やはり外に出る気にはならない。

 雨の中の移動手段を手に入れたが、アレはあくまで緊急時用だ。


 何故なら疲れるからだ。魔力量も魔力操作も問題無いが、とにかく神経を使う。

 今回の様に街までの限定仕様なら今後も使うだろうが、それ以外では無しだな。


「お、お嬢様、お待ち下さい!」

「何故かしら、お客様に改めてご挨拶をするだけよ。こちらに滞在しているのだから、それぐらいは別に構いはしないで————」


 部屋の外が少し騒がしいと感じ、その後に聞こえた少女の声で事情を察した。

 面倒臭い感じの娘だなと思っていると、唐突にその声が止まる。

 言葉を止めたというよりも、きゅっと首を絞められたような呼吸音と共に。


 ベッドに腰を下ろして耳を澄ましていると、溜息をつく音を拾った。


「はぁ、何をしている、愚妹」

「お、お兄様・・・」


 どうやら少女を止めたのは、あの子供らしくない少年らしい。

 大分冷たい声で、少女は怯えた声に聞こえる。

 俺相手の取り繕った声音は無く、恐らく聞こえていないと思っているんだろう。


 客室に居て、扉は締まっているし、そこ迄大声じゃないしな。

 だが残念ながら俺は聞こえる。多分シオも聞こえているんだろう。

 首を傾げながら扉を見詰め、兄妹達の様子を伺っている。


「アレは下手に触ってはいけない相手だと、そうお父様に言われたのを忘れたのか」

「う、で、でも、お母様が・・・」

「ちっ、あの女、自分の子供の命が大事じゃないのか」


 心底忌々しいと言いたげな声音で、恐らく母親であろう相手を『あの女』と呼ぶ少年。

 別に御家事情を知るつもりは無いのに、勝手に情報を出されても面倒なんだが。

 やるならもっと遠くでやってくれ。部屋の前じゃ全部聞こえるぞ。


「いいか、あの女に何を言われたのかはどうでも良い。けれどアレに手を出すな。その結果あの女が死ぬだけなら良いが、この家が無くなるかもしれないんだ。下らない自尊心を満たす為に、家ごと心中するつもりは無い。解ったらとっとと部屋に戻って勉強でもしてろ」

「―———ふっ、ぐっ・・・!」

「はぁ、泣きたいのはこっちだ・・・ああもう、ほら行くぞ」

「は、い・・・ぐすっ・・・」


 ・・・てっきりあの二人の仲も最悪なのかと思ったが、どうもそうでもないらしい。

 泣きだしそうになったものの泣くのを堪え、それを見た兄は自ら連れて行った様だ。


『むう、妹を泣かせるなんて、何て兄だ! 兄の風上にも置けない! 風下においてやる!』

「う? そう、かな?」

「さてな」


 真意は解らんが、根っから仲が悪い感じでもない。そんな風には見えた。

 いや本当にどうでも良いんだが。何で雨宿りでこんな御家事情を聞かねばならんのか。

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