第1054話、貴族らしい貴族

「・・・では、やはり領主館にお泊り下さい」


 俺の言葉に困惑を見せていた隊長だが、暫く押し黙った後にそう告げた。

 思わず驚いた。その選択肢を消すために説明したつもりだったんだが。


「話を聞いていたのか。俺は別に街の宿で構わんのだぞ。お前達が懸念していた、関わる事で他国や他領の面倒に巻き込まれる事は無い。本当にただの雨宿りだ」

『雨やんだら出てくよー?』


 雨が降ってる間は宿に籠るし、出て行くとしても食事の為だ。

 シオは出て行くかもしれないが、シオなら問題は無いだろう。

 だがそう答えた俺に対し、門兵は困った様な顔を見せた。


「私は凡人ですので、何が正解かは解りません。未来を読む事は出来ませんし、貴女の言う通り面倒も避けたいです・・・ですが、その結果街に危険があるなら話は別です。貴女のお噂は聞いています。何処までが真実かはしりません。ですが真実なら見なかった振りは出来ない」

「ほう、その結果領主館に泊れと」

『お茶とお菓子は出るんでしょうね! お兄様は口うるさいですわよ!』


 何だその口調。出ようが出まいが煩いだろうがお前。

 それに絶対意味違うからな。拘りがあるとはまた違うぞソレ。


「はい。このまま見なかった振りをして、万が一にでも街の子供に被害が出るぐらいなら」


 街の子供。そうか、街の子供の為か。勿論他の住人の為もあるだろう。

 それでも子供の為と思えば、死の危険すらも承知で物を言う。

 良い兵士だ。少々愉快な所は有るが、とても良い兵士だ。


 余りにも正直に俺が危ないという辺りも、中々に面白い。

 こんな兵士を抱えている領主は、優秀なのか単に運が良いだけか。

 どちらにせよ気分は良い。この男の提案に乗るのも悪くはない。


 何にせよ目的は雨宿りと、滞在の間の食事でしかない。

 それが達成されるのであれば、俺は何処で泊まろうと変わりはしない。


「解った。その提案に乗ろう。別に俺も望んで暴れたい訳じゃない」

「あ、ありがとうございます! おい、車の用意を! 領主様に伝令も出せ!」


 俺が素直に頷くと隊長は喜んで指示を出し、部下が慌てて駆け出していく。

 恐らくこの近くにも、不意の来客用の車が用意されているんだろう。


「ただ言っておくが、宣言した以上気に入らない真似をされたら当然暴れるぞ」

『暴れちゃうぞ☆』

「そ、その旨は先にお伝えしておきます」


 この兵士の言動を気に入りはしたが、だからと言って利用されるのを許すつもりはない。

 あくまでこの男の願いを聞き、俺にとっても都合が悪くないと言うだけの事。


「では、車を持って来るので、少し待っていて貰えますか」

「解った」

『早くね!』


 その会話を最後に隊長はダッと駆け出し、何処かへ消えてしまった。

 隊長と主に喋っていた魔術師の男は残り、居心地悪そうにチラチラ精霊を見ている。

 多分怖いんだろう。だが逃げだす訳にも行かないという感じか。


 そうして少し待つと、隊長は車と共に戻って来た。

 気のせいだろうか。隊長が御者席に居るんだが。

 思わず俺がポケッと見詰めていると、彼は笑顔で口を開く


「どうぞ乗って下さい」


 ・・・まあ、良いか。別に隊長が御者をやってはいけない訳でもないしな。

 むしろ俺という危険物を運ぶ役目を、自ら請け負ったという事かもしれん。

 ともあれ車に乗り込み、車に揺られる事暫くして、そこそこ大きめの屋敷に着いた。


 車から降りると玄関らしき扉の前で、複数人が並んで待っていた。

 中央には身なりの良い男女と・・・その子供達だろうか、少年と少女が居る。

 残りは使用人やら執事やらだろうな。勢ぞろいでお迎えな訳だ。


「ようこそおいで下さいました、精霊付き様。訪問を心より歓迎致します」


 そして領主はまさしく貴族らしい、笑みを張り付けた顔でそう告げた。

 本音が何処に在るか解らない笑みだな。仕方ないと言えば仕方ないだろうが。

 最近歓迎して来る貴族にこの手の人間は居なかったから、対面するのは久々だ。


 領主殴りの時は俺から突貫して行ったし、連中は笑みを張り付ける余裕も無かった。

 城の中でも暴れ倒していたから、むしろ顔を見ると逃げられたしな。


「先に言っておく。俺は単に雨の中出かけるのが嫌で寄っただけで、雨宿りと食事以上の理由は何も無い。何かを疑っているなら無駄だし、何かを期待しているなら尚の事無駄だぞ」

『期待? 妹に期待? 一体何を・・・はっ! 妹はお嫁には出しません事よ!』

「承知しております。精霊付き様。雨が止むまでの間、我が屋敷でごゆるりとお休み下さい」


 俺の宣言に男は動じず、貼り付けた笑みのままそう告げた。

 ただ妻の方が少し気に食わなかったのか、眉間に一瞬皺が寄った。

 それと娘の方もか。俺の態度が貴族に対する物ではないと言った所か?


 まあ口に出さないなら別に良いが・・・気になるのは少年のほうか。

 少年の歳でありながら、父親そっくりの張り付いた笑みだ。

 貴族の教育を受けているから当然かもしれんが、何とも言い難い気分だな。


「では、少々厄介になる」

「よろしく、おねがいします」

『厄介じゃーい! なので厄介払いしないでね!』


 お前だけは厄介払いしたい。

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