第1053話、雨宿りの対価
『ふふふ・・・妹達よ、お困りかな。ならば兄が何とかして進ぜよう』
「おー、にーちゃかっこいい・・・!」
兵士達の反応を見て、どうしたものかと思っていると精霊が動いた。
声を上げるシオと違って俺は全く期待していないが、取りあえず眺めておく。
『兵士達、ひれ伏すが良い、我こそは精霊様なるぞー! それとこれは魚です』
『・・・何故私は捕まったのかしら?』
「にーちゃ・・・!」
まるで何かの時代劇の様に、魚を突き出して告げる精霊。
シオが何故かキラキラした瞳で見ているが、俺には全く解らない。
そしてそんな精霊達の反応を、兵士達がどう受け取るか。
「・・・どうします?」
「俺達は何も知らなかった。何も見なかった。という事にしてはどうだろう」
「その場合、彼女を領主様の屋敷にでも招かないと厳しいですよ。彼女が人目につかない様にしないと、このまま入らせたら絶対何か有ると思われるでしょうし」
「・・・商人共は、何が有ったのか探るよな」
「ええ、ここまで大仰に構えたのに、被害ゼロで街に入って来た少女ですし」
「めんどくせぇ・・・」
『ねえ、聞いてる? 僕の話聞いてる? 聞いて?』
『・・・そろそろ離して貰えないかしら』
当然ながら精霊の声など届いていない。精霊が見えてないんだからな。
魚も姿を見せる気は無いらしく、ビチビチと小人の手から逃れようとしている。
「にーちゃ・・・」
そんな小人の姿に、シオが残念そうな声を漏らす。
良いぞシオ。その調子だ。もっとがっかりして行け。
コイツに期待を持って、かっこいいなどと思うな。それで良い。
「・・・さて」
隊長殿の言葉では無いが、俺もそろそろ面倒になって来た。
余りこの手を使う気は無かったが、騒ぎになった以上はもう良いだろう。
「俺とシオは精霊付きだ。王都で暴れ、他国で暴れた噂の精霊付きだ。別に軍属でも貴族の娘でも何でもない。ここには言葉通り、雨宿りの為だけに来た。暴れるつもりなら、とうに貴様等を皆殺しにして、門も砕いて突貫している。告げている以上の意味は無い」
「「「「「―————」」」」」
一瞬時間が止まった。それほど俺の発言が衝撃だったのだろう。
隊長の兵士は目を見開いて俺を凝視し、魔術師も恐れる様に周囲を見回す。
それからハッとした顔になり、小人と魚が居る位置を見つめた。
成程、精霊を感知できる程度の腕は有る訳だ。優秀だな。
とはいえ言われて気が付いた辺り、やはり辺境の魔術師の方が優秀だが。
「た、隊長、い、居ます、そこに。彼女の言っている事は、本当かと、思われます」
「―————さっきの想像より面倒じゃないか」
「隊長、気持ちは解りますけど、言葉を選んで下さいって」
「お前も混乱してるぞ。落ちつけ」
隊長を諫める様に告げる魔術師だが、その発言もどうなんだ。
近くの兵士がそう思ったらしく、魔術師も突っ込まれている。
『兄は、兄は居るって言ったのに・・・妹が言わなくても、居るって言ったのに・・・くすん』
「にーちゃ、よしよし。がんばったねー」
『・・・私は?』
精霊は何故か拗ねており、シオが慰めていた。アレのどこが頑張ったのか。
魚も慰めて欲しかったのか隣に居るが、完全に放置されている。
お前はただ掴まれてただけなんだから慰められるも何も無いだろう。
そんな混乱具合を眺めていると、一番最初に我に返ったのは隊長だった。
「・・・そういう事であれば領主様にご報告しますので、領主館に滞在されてはどうですか。街の宿では貴女を不快にさせる可能性も有りますし、それは私達の望む事ではないので」
望む事では無いと言うか、単純に怖いんだろうな。
「別にそれでも構わんが、その場合お前達の命の危険も有るが、良いのか?」
「い、命の危険!? ど、どういう事でしょうか」
俺の返答が余りに予想外だったのか、兵士は慌てた様子で聞き返して来る。
「俺は貴族の繋がりという考え方が嫌いだ。連中が俺にした事を、勝手に貸し借りや義理が出来たと考えるのが心底嫌いだ。俺を歓待した事で関係が出来、利用出来るなどと考えた場合、この地の領主は俺の敵となる。その際に生まれるのは俺とこの地の兵士の殺し合いだ」
「そ、そんな、無茶苦茶な!」
「無茶苦茶だろうな。だが俺はその無茶を通す。説明をしてやるのは迷惑をかけた対価と思え」
この騒ぎで街の機能は一時的にマヒしているだろう。迷惑をかけただろう。
騒ぎを態々起こす理由が無かった以上、これに関しては俺が悪い。
故に問答には素直に付き合ったし、ついでに判断も待ってやった。
だが譲れるのはそこまでだ。それ以上の事を譲るつもりは無い。
全く、ただの雨宿りだったのに何故こんな面倒な・・・自業自得だったな。
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