第676話、不思議な縁

「ここか、確かに近いな」


 メラネアに案内された先にあった宿は、まあ普通の宿と言う感じだ

 多分宿単体の価値だけで言えば、そこまで高くはないだろう。

 だが立地の良さが価値を少し上げており、その分高くなっている。


「お帰りメラネアちゃん。おや、お友達かい?」

「はい、女将さん。二日泊まるので、部屋をお願い出来ますか」

「はいはい、部屋は近くが良いかい?」

「お願いします」


 宿に入ると同時にそんな会話が成され、俺の意思は完全に無視されていた。

 1,2日とは確かに言ったが、二日確実に居るとは言ってないんだが。

 まあ良いか。どの道最近少し頑張り過ぎだ。ゆっくりしたって良いだろう。


『妹、羽! 羽出して!』


 そして部屋に入るなり精霊が騒ぎ出した。

 今まで静かだと思ったら、ずっと言うのを我慢してたのか。


「ちっ、覚えてやがったか・・・ほら」

『わーい!』


 以前サーラが精霊に送った、やたら光に反射する羽。

 目に煩いので出来れば出したくなかったんだがな。

 だからと言って壊すのも憚られる。流石の俺でもな。


『ふふーん! これで兄は最強だー!』

「相変らず訳の解らん理論だ・・・」


 ああもう本当に目に煩い。ピョンピョン跳ねるな。光が反射する。

 取り合えず鞄を置いて外に出ると、そこにはメラネアが待ち構えていた。

 羽が飛び回っている事に女将が驚いているが、それはブッズが説明してるから良いか。


「ミクちゃん、少しお話しする時間、ある?」

「する気満々の癖に聞くな」

「嫌がられたら流石に諦めるよ?」

「そうかよ。とりあえず何か食いたい。食いながらで良いか」

「うん、じゃあ案内するね。ブッズさん、いこー!」


 メラネアは嬉しそうに俺の手を握り、ブッズに声をかけて歩き出す。

 本当に、随分と積極的になったものだ。旅に出る前はもっと大人しかった印象だが。

 いや、きっとこれが彼女なのだろう。今の彼女こそが、本当の姿なんだろうよ。


 物静かで、どこか警戒心が強く、けれど心優しく、冷酷にも明るくも振舞い切れない。

 俺が知っているのはそんな少女だった。きっと今は自分らしく生きられているんだろう。


「へいへい、どこ行くんだ」

「ミクちゃんが何か食べたいって。何時もの所でどうかな」

「あいよ。じゃあ行くか」


 それはきっと、この男の存在が大きいんだろう。

 元々懐いている気配は有り、そしてずっと傍で支えられて。

 惚れた男のおかげで生き方が変わるか。全く面白い話だな。


「ん、嬢ちゃん、俺の顔に何かついてるか?」

「・・・お前はあの時、雪に埋もれて死んでいた、はずだったのにな。世の中何時何処で何がどう転ぶか解らんな。まったく不思議なものだ」

「ははっ、懐かしいな。本当に、感謝してもし足りねえよ。あの時も、あの後も、今もな」


 救い様の無いチンピラの類だと、最初の頃はそう思っていた。

 子供には確かに優しかったが、だからと言って褒められたものじゃない。

 けれどそんな男が今はこうやって、精霊付きを支える立場にある。


 別にそれを誇るつもりはないだろう。こいつは自然体でそれをやっている。

 ただ当然の事として、出来る範囲で共に歩む友人の力になっているだけなんだろう。

 ああ、そう思えばメラネアが惚れるのも理解出来る。こいつは、今は、良い男だ。


「それってあれだよね、ミクちゃんが吹雪を覚えた時の話、なんだよね?」

「そうだな。今も重宝している、主力の魔術だ」

「嬢ちゃんのそれだけは、未だにマジで反則だと思う。俺は魔術師じゃねえけど、あんな魔術使える奴なんて他に会った事ねえぞ。しかも見ただけで覚えるって狡くねえか?」


 食事処への移動の間に懐かしい話に花を咲かせ、付いてからお互いの事を話した。

 俺はこれまでの騒動を、メラネアはこれまでの旅路を。

 その時間を楽しいと、多分、俺は感じていたと、そう思う。


『妹が幸せそう。んふふー』

『メラネアも楽しそうだな』

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