第674話、理性と感情の決着

「なあ、そこの嬢ちゃん、ちょっといいか」

「ん? 何だ」

『お、何だナンパかー!?』


 受付で金が下ろされるのを待っていると、組合員らしき男が声をかけて来た。

 厳つい男だ。ブッズには負けるが良い体をしている。

 そして視線は険しく、俺の良い感情を抱いていないのも解った。


「さっきの件、誤解だった事は重々承知してる。こっちから殴りかかった以上、殴り倒されるのも仕方ねえだろう。だからこれは俺の勝手な言い分で我が儘だって解ってる」

「・・・何が言いたい。要点を言え」

『妹が解んないって』


 男は険しい顔で、言い訳のように言葉を連ねる。

 だが要領を得ない。何が言いたい。

 まあ文句を言いたい事は解るがな


「仲間が殴り飛ばされた。ムカついている。俺の喧嘩を買って貰う」

「はっ、解り易くて良いな」

『おー、喧嘩だー!』


 どうやら俺が殴り飛ばした男の仲間らしい。

 そして誤解だった以上、頭では仕方ないと理解している。

 けれど感情がどうにも納得できず、ケリをつける為に喧嘩を売りに来た訳だ。


「言っておくが、喧嘩を売って来るなら容赦はせんぞ」

『でも加減してあげる気だよね?』


 喧嘩だからな。殴り合いで殺す気は余り無い。容赦がしないが。


「解っている。それで、俺の喧嘩は買って貰えるのか」

「喧嘩だろう。相手の都合なんぞ聞いてどうする」

『そういうもの?』

「そうか」


 それで話は終わりだ。こいつは喧嘩を売りたい。俺は別にどうでもいい。

 なら勝手に殴りかかってくればいい。そうしたら殴り返すだけだ。

 俺の言葉を正しく理解したのであろう男は、一切の躊躇の無い拳を振り抜く。


 舐めた様子の無い本気の一撃だ。俺を子供と甘く見ていない。

 けれど既にそこに俺はおらず、腹に軽く拳を振り抜いていた。

 適当に殴ったので、男は宙を舞い壁に激突する。


「ぐぇ・・・!」


 潰れたカエルの様な声を出して、男は気絶してしまう。

 大分加減したから死んではいないだろう。

 とはいえ念の為、早めに治療した方が良いとは思うがな。


「うわぁ、相変らず容赦ないね、ミクちゃん・・・」

「まあ加減はしてっから大丈夫だろ。本気なら肉が飛び散ってる」


 黙って見ていたメラネアは苦笑し、ブッズは特に気する様子はない。

 実際その通りだ。容赦はしていないが加減はしている。殺していない。


「おい、誰か早くそいつを運んでやれ!」


 支部長補佐が叫び、男は組合員たちに運ばれていく。

 おそらく治癒術が使える魔術師の所に、さっきの顎砕いた奴も多分そこだろう。

 組合は基本治癒が出来る人間が一人は詰めているんだろうか。


 補佐は溜息を吐くと、俺にジト目を向けて来る。

 何だ、殴り返した事に文句でも言うつもりか。


「あれだけの事が出来るなら、もうちょっと加減できたろう。壁に穴空いちまったじゃねえか」

「知るか。俺から殴りに行った訳じゃない。アイツが殴りに来なければ起きなかった」

『おっきな穴空いちゃったね!』


 どうやら殴り返した事自体には、特に文句は無いらしい。だがそっちも知った事じゃない。

 確かに壁に穴が開いたが、俺は何も悪くない。修理代を払う気も一切無い。

 アイツが殴りかかって来たから、殺さない様に加減した結果だ。


「それとも本気で殴って、アイツの腹に風穴でも作ればよかったか」

『お腹に風穴・・・寒そう!』


 寒いで済むか。お前の感想時々、いや常にか。どうしてそうおかしいんだ。

 精霊に溜息を吐いていると、補佐の男は手で顔を覆ってしまった。


「もうやだコイツ、怖い。何でこんなに過激なんだ。物壊さねえでくれって言っただけなのに」

「俺が率先して壊した覚えはないぞ」

『でも兄の羽壊したよ?』


 根に持ってやがるコイツ。珍しく責める様な目を向けて来る。

 確かに壊したが、でもあれはお前が悪いだろう。

 態々俺を不機嫌にさせる様な事をするし。


「・・・サーラから貰った羽は壊してないだろう」


 何時だったか、雑貨店に行ったときにサーラから贈られた羽がある。

 あれは鞄の中に眠っているし、流石の俺も壊していない。


『そうだ、アレがあった! ねーねー、鞄から出して! アレつけるー!』

「宿に行ってからだ。移動中に着けると無駄に目立つ」

『解った! 約束だよ!』


 一瞬で機嫌の直った精霊に溜息を吐き、そこでふと複数の視線を感じた。


「悪いな嬢ちゃん、俺達もアイツと同じ馬鹿でな。付き合ってくれるか」

「アンタが悪い訳じゃねえ。それは解ってる」

「勝てるとは思えねえが、それでもな」


 さっきの男と同じ馬鹿が居たらしい。解ってはいても感情が収まらない連中が。

 しかもさっきと同じく、態々殴りかかって良いかと訊ねて来た。

 仲間の為でもあり、自分の為でもあり、そしてそれが我が儘だと理解して。


 何よりも絶対に勝てないと、大怪我するのが解って挑みに来ている。


「はっ、勝手にしろ」

『お、妹ご機嫌』


 まったく馬鹿だな。こういう馬鹿共は嫌いじゃない。

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