第660話、不味い茶

 国教を越えて反対側の軍の検問迄到着すると、当然ながら俺の存在は困惑された。

 戦争が起きた国教の、敗残兵が逃げ回っている危険地帯を単独で来た少女。

 普通に考えればそれはおかしな話だろう。俺でも常識で考えればそう思う。


 そこで兵士は何かを深読みしたのか、やけに周囲を警戒しながら俺に話しかけて来た。

 ただし問いかける人間だけは、俺を安心させるように、警戒を解く様に優しくだったが。


「ん」

『おてがみどーぞー!』


 ただ説明が面倒になった俺は持たされた手紙を差し出し、兵士は困惑しながら受け取る。

 そして印を見て少し驚いた様子を見せると、俺に待っていて欲しいと言って奥へ。

 周囲の兵士達はその動きに困惑はしていたが、警戒は解かずにそのまま待機。


 その後少し待つと先程の兵士と共に、恐らくは上官なのであろう兵士がやって来た。

 ただ意外だったのは、その上官が女である事か。女騎士といった感じだな。


「彼女がそうか」

「はい」


 女騎士は確認を取ってから俺に近づき、そして俺の前で膝を突いた。


「ようこそおいでなさいました。我々は貴女を歓迎致します」

『おー、よきにはからえー!』

「・・・手紙に何が書いていたのか知らないが、何か勘違いしていないか?」


 問題無いと素通りさせるだけなら兎も角、俺に感謝される様な謂れは無い。

 だが女騎士は俺の返答を聞くと、緩やかに首を横に振って否定した。


「我々は精霊様の御助力により救われた身。アレが無ければ甚大な被害どころか、全滅まで有り得た事でしょう。呪いの道具だけなら兎も角、混乱した隙を狙う敵兵も居たのですから」


 それは確かに、そうだろうな。内と外、両方から狙われたらたまった物じゃない。

 本来なら挟み撃ちを仕掛ける側が、気が付けば挟み撃ちを食らっている。

 確かに全滅も有り得ない事じゃなかっただろう。


 とはいえ、だからと言って俺が感謝される理由はどこにも無いが。

 それ狐がやった事だろ。狐意外に言うとしても、それなら相手はメラネアだ。


「聞けば彼の精霊様は隣国で姿を現し、そして貴女はその精霊様と共に在る方のご友人との事。であれば貴女に礼儀を尽くし、歓迎をする事に何の勘違いがありましょうか」

「・・・ああ、成程」

『お友達だもんねー?』


 要はあれだ。メラネアの姿は余り知られてないが、狐の事は有名になっていると。

 あの一件は隣国にまで届ていて、ついでに俺の存在も知っているという訳だ。

 更には俺達の関係性、友人だという認識も周知されているっぽいな。


「話は分かった。とりあえず俺は歓迎も感謝も特に要らない。面倒無く通して貰えれば良い」

『通っても良いー?』

「勿論、貴女を通す事に否はございません。ただ少々お時間を頂けないでしょうか。私の手紙を持っていかれた方が、話は早く通るかと思われますので」


 完全に予想通りの提案だな。とはいえ別に突っぱねる程の事でもない。

 むしろ俺の面倒を減らすというのであれば、少しぐらいは待って良いだろう。


「なら少し待とう」

「ではこちらへ。天幕の中でお待ち下さい」

『おー、今度のお茶は美味しいかなー?』


 コイツ『天幕=茶を飲む所』という認識になってやがるな。

 精霊の言葉は無視して移動し、案内された通り天幕で待つ。

 途中で少し身なりの良い兵士がやって来て、飲み物を持って来た。


「お口に合わないかもしれませんが、今はこれしか出せませんで」

『おー、いい香りー。これはきっと美味いにちがいない! どれどれ』

「ふむ」


 ・・・不味い。さっきの渋い茶どころじゃないぐらい不味い。

 そして精霊が絶句している。見た事ない顔で呆然としている。

 まあ呑めない程不味くないので、俺はグイッと飲み切ってしまったが。


「申し訳ありません。我が国の水はそのままですと体調を崩す可能性がございまして。薬草を混ぜて煮詰める事で飲み水としております。ですのでどうしても、味の方が・・・」


 俺の様子を見て説明が必要だと思ったのか、申し訳なさそうに告げる。

 つまりはこの国に入る以上、似た様な事が有ると教えてくれた訳だ。

 偶にある話だな。水がそのままでは使えず、煮沸しても腹を壊す地域では。


 あとは水は飲めないが、水を吸い上げた植物の水分は飲める所とかもあったか。

 だから川の水なんかは一切飲まず、どうにか草木や果実から水分を取っていた。


『・・・兄は、兄は・・・泣きそうです・・・! 二度も、裏切られた・・・!』


 精霊が泣き崩れた。そんなにショックだったのかお前。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る