第659話、微妙な歓待
「どうぞ、兵士達が飲む様な物で申し訳ありませんが」
「こちらも良ければおつまみ下さい」
責任者らしき兵士の提案を受けた後、近くの天幕で休む事を提案された。
おそらくは会議などに使うのであろう、大きめの天幕の類だ。
そこで何故か兵士達に歓待を受けており、眼の前には茶と食料が置かれている。
『わーい! お茶だー!』
「まあ、くれるなら貰おう」
やけに構って来る兵士達に若干戸惑いを覚えつつ、差し出された茶を飲む。
うん、なんというか、雑だな。紅茶とかじゃなくて緑茶系に近い味だ。
それを只煮詰めて分けたという感じで、素晴らしく雑な感じの渋い味がする。
以前野草茶を飲んだ時の老婆の作り方も大雑把だったが、アレは美味しかったな。
まあ前線の兵士達にとってはこれでも贅沢なんだろう。味のある飲み物だしな。
『・・・なんか・・・なんか? なんか、違う・・・』
精霊はお気に召さなかったらしい。渋い茶を前に眉間に皺を寄せている。
でも飲むのは止めない様で、顔をくしゃっとしながらちびちび飲む。
それを見ながら食い物に手を伸ばし、ちまちまと咀嚼する。
「・・・塩っ辛いな」
『だねー。お塩いっぱいだー。でも兄はこっちは嫌いじゃないよ!』
おそらくは保存食なのだろう。ただし調理せずにそのままの。
おかげで塩分が多い。とはいえ兵士達には丁度良い可能性も高いが。
連中は毎日汗をかいて仕事をしているだろうしな。少し塩気多めでちょうど良い。
とはいえ毎日これをそのまま食ってるなら、流石に体に悪そうだが。
何処からか良い匂いがするから、調理している物も有るとは思うんだがな。
「ああ、これは美味いな」
『すっぱーい。でもあまーい』
ただドライフルーツの類は普通に美味い。流石にこれが不味かったら嘘か。
いや、過去に不味いドライフルーツも食ったな。味が無いというか何というか。
栄養素は有るらしいが、栄養しかないという感じの物だったと思う。
そうして待つ事暫く、先程の責任者らしき上役の兵士がやって来た。
「お待たせした。ご不便はなかっただろうか」
「兵士共がやけに構って来たから特には無いな」
『美味しいものくれたから満足で・・・お茶が微妙だった・・・』
まあ、微妙と言えば微妙だが、俺はこれはこれで嫌いじゃないがな。
生前の何処かの記憶を刺激される味だ。多分良い記憶の方の。
ただ悲しいかなそれだけしか思い出せない。悪い記憶は簡単に思い出せるのに。
だが、いい経験をした。この茶をまた飲みたいと、そう思っている。
「それなら何よりです。では、こちらを」
「ん、二つ?」
『誰かにお手紙出すのー?』
検問を抜けるだけなら、手紙は一つで良いはずだ。
「一つは検問、もう一つは街に入るのに楽になるかと。戦争の後ですから、近隣の街の出入りも少々手間がかかるかもしれませんので。貴女の見た目で有れば、多分大丈夫だとは思いますが」
「成程。気遣い感謝する」
『ありがとー!』
言われてみれば確かにそうだ。戦争が近くで有り、敗残兵が逃げ回っている。
近隣の町や村としては、そんな連中が近づくのは怖い。
何より街に入れたくは無いだろうし、そうなると入るのに時間がかかる。
これはその手間を減らすのに役に立つだろう。実に助かる。
「あちらの検問でも、似た様な事が有るかもしれません。その場合はあちらの手紙を受け取った方が、恐らくはもっと話が簡単になるでしょう」
「解った。重ね重ね感謝する」
『おおー、妹がとっても感謝している。これは兄もしっかりとお礼をせねば。えーと、えーと、えーと・・・この葉っぱ食べる?』
止めろ馬鹿。恩を仇で返すな。毒だろうがそれは。
いやまあ毒だと知っていれば、何かに使えるかもしれないが。
取りあえず手紙は鞄にしまって立ち上がる。
「ああ、そうだ。もし大目に有るなら、茶を少し分けて貰えないだろうか」
『え、妹それ欲しいの!?』
「茶、ですか? その・・・お口に合ったのでしょうか」
滅茶苦茶困惑してるな。こいつもあまり美味くないと思ってるのか。
でもあれ多分淹れ方が雑なだけだぞ。美味く淹れたら悪くはない。
「駄目なら要らないが」
「い、いえ、すぐにお持ちします。おい、茶葉を持って来い」
そうして少しだけ待ち、袋に詰めた茶葉を大量に貰った。
こんなに貰って良いのかと聞いたが、余る程あるらしい。
そういう事ならと、これも鞄に詰めておく。
「では、俺は行かせて貰う」
『じゃあねー!』
「ええ、部下には指示を出しております。伝令も先には知らせているので、貴女が止められる事も国境を超えるまでは無いと思います。お気をつけて」
彼が歩き出す俺に敬礼をすると、周囲の兵士達も似た様な態度を見せる。
この戦場を救ったのは狐とメラネアであって、俺は本当に関係無いんだが。
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