第644話、過労

「ふぅ、美味かった・・・」

『まんぞくまんぞくー♪』


 腹いっぱいに食事をして、部屋に戻ってベッドに転がる。

 随分と怠惰な状況に見えるが、最近のんびりしてなかったので丁度良いだろう。

 いや、城で過ごしていた時間を考えると、遊んでいた様な物ではあるんだが。


 何だかんだと軽く鍛錬はしていたし、今日も結局働いていた。

 良く考えたら、最近完全に休んだ日は一日も無いんじゃないか。


「・・・メラネアを見つけたら少し休むか」

『おー、おやすみー? じゃあお休みに何するー?』

「休みなんだから休むに決まってるだろうが」

『えー、あそぼーよー』


 お前は休みも何もなく毎日遊んでるだろうが。

 そもそもコイツに働くという概念はあるんだろうか。

 大概の事が遊びになっている気がする。自由だ。


 俺も自由にしているはずなのに、コイツとはどうも相容れない。

 選んでいる自由さが違うのが原因だろうとは思うが。


「ん?」

『ん、誰か来たー?』


 部屋に近づく足を取を感じ、視線を扉に向けるとノックの音が響いた。

 もう夜中だが一体誰かと一瞬思ったが、すぐに組合からの訪問者だと察する。

 ベッドから降りて扉を開くと、そこには組合の受付嬢が立っていた。


「ミク様、夜分遅くに申し訳ありません」

「いや、それはむしろ俺の言う言葉だろう。夜遅くになってすまないな」

『妹の為にありがとねー!』


 夜遅くに来る破目になったのは、俺の頼みごとが原因だ。

 となれば彼女が謝る必要など無く、むしろ感謝すべきだろう。


「ふふっ、仕事ですから。お気になさらず。こちらをどうぞ」

「助かる。お前は何時も仕事している気がする。無理はするなよ」

『無理は良くないよー?』


 彼女が差し出した丸めた紙を受け取り、同時に少し心配になる。

 今日に限らず他の日でも、夜中に組合に居た姿を何度か見た事が有る。

 昼間も受付に居て夜も仕事など、下手をすると過労で倒れかねない。


 彼女が倒れた方が、支部長が倒れるより影響が大きそうに思う。

 というのは流石に支部長を軽く見過ぎだろうか。でも支部長だしな。


「ええ、ありがとうございます。支部長共々気を付けますね」

「アイツの場合は、多少無理させるぐらいで良いんじゃないか?」

『働くのだー!』

「あはは・・・ミク様は支部長に辛辣ですよね。仕方ないとは思いますが」

「最初の時よりは不快感は無いがな」

『妹が許してるから許す』


 許す。まあ、許した事にはなるか。最初は本気で敵対するつもりだったしな。

 アイツのあんまりな様子に、色々とやる気が無くなった訳だが。

 その後も色々とあった気はするが、完全に毒気を抜かれている気がする。


 あれが天然だから困る。アイツ絶対計算してやって無いからな。

 地雷原を何となくで抜けきってしまう様な、良く解らない素質がある。

 俺には無い才能だ。正直に言えば少し羨ましくすらあるな。


「こちらに関してですが、目的を達したら焼却して下さると、大変ありがたく思います」

「存在を残すなという事か。解った」

『おー! もやそもやそー! ふぁいあー! ずんどこずんどこ!』


 なんだその踊りは。良く解らない踊りを俺と受付嬢の間で始めるな。

 何にせよ目的を達したら、間違いなく燃やしてしまうとしよう。

 本当なら組合からの持ち出しも、余り好ましくなさそうだしな。


 交換条件付きである以上負い目は無いが、彼女に迷惑がかかるかもしれない。

 支部長だけが困るなら、全く気にしないんだがな。


「では、失礼致します」

「・・・もしかして、まだ仕事か?」

「いえ、このまま帰ります。支部長に帰って寝ろと言われてしまいまして」

「つまりこれは、お前を帰す良い口実だった訳だ」

「ふふっ、そうなりますね」


 俺が思う様な事は、当然支部長も考えていた訳か。

 こういう理由でもないと、何だかんだ仕事をして帰らないんだろうな。

 確かにこれは組織の最高責任者には向いてない。中間管理職でも若干不味いな。


「まあ、偶にはゆっくり休む事だ」

「そうですね、そうします。では失礼しますね。おやすみなさい、ミク様」

「ああ、お休み」

『おやすみー!』


 何となく自分と似た様な物を感じた事に、若干の溜め息を吐きながらベッドに座る。


「さて、メラネアはどこに居るのか」

『おー、これで解るのー?』


 遠い所に居るなら、その為の準備もしないとな。

 国内に居ると良いが・・・あの話だと他国の可能性も有るんだよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る