第643話、久々の食堂は
「うん、やっぱり美味いな」
『おいしーねー!』
宿に帰ったら当然だが、食堂で夕食を取る事にした。
何時も通りの美味い食事は、何だか少しホッとする。
「お父さん張り切ってるから、一杯食べて下さいね、ミクさん」
「ああ、どんどん頼む」
『もってこーい!』
俺の帰りを聞いた店主は、どうも急いで追加の材料を買いに行ったらしい。
かなり張り切って作っているそうで、量に関しての心配は無いそうだ。
しかし急ぎで作っていたという割には、相変らずしっかりとした調理だと思う。
街の食堂なんて、どこか雑な所がありそうなものだが、ここはそれが無い。
大量に作っているにもかかわらず、しっかりとした調理がされている。
流石に煮込み料理の類は、時間的な意味で難しいみたいだが。
「おお、久々に見るとやっぱ圧巻だな」
「アレ見るとここに来たって感じがするよな」
「あの子来てからそんなに経ってないのに、もう名物化してたからなぁ」
「大食い勝負挑んで倒れた奴も居たしな」
そんな俺を常連達はやけにほっこりした様子で眺めている。
人の食う様子を名物化されてもな。物珍しいのは解るが。
大食い勝負に関しては記憶が無い。そんな奴居たか?
「え、なにあれ、大丈夫なのか?」
「自分の体より食ってないかアレ・・・」
「すげぇ・・・」
初めて見たのであろう客は、俺の食事を見て呆然としている。
何時もの事なので最近全く気にして無かったが、店での食事だと仕方ないか。
目立つ事に忌避感は特にないし、話しかけてこない限り別に良いが。
「なあ、アレって」
「うん、あの子だよね」
「普通じゃないってああいう事?」
「あれぐらい食べれられる様になれば私達も強くなれるのかな」
「いや無理だし関係無いだろ」
「解んないじゃん。食べてみないと」
「馬鹿野郎、食い過ぎで吐いたらもったいねえだろうが」
ただ少しおかしな会話が聞こえたので、ふと視線をそちらに向ける。
するとそこには数人の男女が居て、俺と目が合うと苦笑の感じで手を振って来た。
誰だ。俺の事を知っているみたいだが、敵対心の類は無いらしいな。
単に組合で俺を見かけただけだろうか。見覚えは・・・ん、一人あるな。
あの男何処で見たんだ。どっかで見た覚えは有るが・・・ああ、思い出した。
組合に行ったときに俺に声をかけてきた男だ。見覚えがあるはずだ。
余りに興味が無かったから、今日であったにも関わらず思い出せなかった。
あの男ソロかと思ったが、チームで行動しているらしい。
他の連中はあの時別行動だったのかもしれないな。
『おぉ・・・ホロホロおいも・・・美味しいぃ・・・』
「あ、こら、数が少ない物を全部食うな」
意識を取られている間に、数の少ない煮物を精霊がバクバク食ってやがった。
器ごと奪って残りは全部俺が平らげる。美味い。半分以上食われたのが腹立たしい。
『ねー、それおいしいねー。おかわりないのかなー』
「無いだろ。この手は仕込みに時間がかかる。早めに頼んでないと数が無い」
『そっか、ざんねーん』
客は俺一人じゃない。他の客の分を考えて仕込まれている以上、それを寄こせとは言えない。
と思っていると、そそくさと娘が厨房に入って行き、暫くするとさっきの煮物が来た。
「どうぞ、食べて下さい」
「良いのか?」
『わーい! おかわりだー!』
「4,5人前ぐらいなら問題無いですよ。こればっかり食べられたら困っちゃいますけど」
「そうか、なら有難くもら、あっ、こら、だから食うな!」
『はぐはぐ、数が在るんだから分けっこでいいでしょー!』
「お前はさっき半分以上食っただろうが!」
精霊が真っ先に煮物に飛びつき、それを防ぐ様に皿を取りあげる。
そんな俺達をどう見ているのか、娘はクスクスと笑っていた。
いや、常連客も笑っているな。何というか余りに微笑ましい物を見る目で。
まあ連中は俺が精霊付きだと知っているし、普段の事だし見慣れた光景だろう。
さっきの男女グループの場合は、良く解らない物を見る目を向けているが。
「ふふっ、仲良く食べて下さいね」
『大丈夫、兄と妹は仲良し!』
「どの口が言うんだ貴様は。良いから皿から退け」
『うおおーー! 兄は、兄は負けんぞー! あ、待って、落ちる落ちる』
食事ぐらいゆっくり食べたい。美味い食事なら尚更だ。
コイツと食べていると、兄弟の多い家の争奪戦みたいになるのが嫌だ。
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