第642話、とりあえず宿へ
「それで、どうするの?」
「どうするって、何がだ」
「何がって・・・その実験をしてみたいって顔に書いてるじゃないの。別に私はメラネアさんの居場所を教えても構わないのだけど、貴女はどうするのかしらと思ってね」
「当初の目的は変えない。メラネアの所に行く」
「そ、解ったわ」
勿論今回の件はとても気にはなるが、優先順位的にはメラネアの方が上だ。
流石の俺でも、自分の興味と知り合いの命の危険なら、命の方を選ぶ。
流石にそこまで外道ではない。人質などにされたなら話は別だが。
「でも良いの、伝えちゃって。あの子、気にしないかしら」
「気にするだろうな」
確かに支部長の言う通り、メラネアにこの事実を伝えれば気に病むかもしれない。
これが俺の場合なら、もし俺を狙った奴が街を荒らしても、それを俺のせいとは思わない。
俺を狙って来た事で起きた事、という認識は勿論あるが、所詮それだけだ。
俺が居たせいで犠牲になった、等と言う戯言に耳を貸す気は欠片も無い。
被害を出したのは俺じゃないからな。その辺りは全く気にしない。
関係無い人間を巻き添えにする連中が不愉快ではあるが、俺は何も悪くない。
だがメラネアはそう思わないだろう。
自分がここに居たせいで、周りに被害が出た。
あの子はそう考える、心優しい性格だ。
「だがアイツは優しいだけの人間じゃない。アイツが殺した人間の数は両手でも足りない。勿論アイツの意思で殺した相手は悪党だ。だがそれを出来る覚悟と強さがある。問題は無い」
「・・・そう、それなら良いんだけどね」
暗殺組織壊滅の時に、アイツは自ら動く事を望んだ。
自らの意思で、自らの手で、人を殺す事を選択した。
心優しい少女が、復讐の為の鬼と化した。
ただの心優しい人間では、そんな強さは抱えられない。
アイツは人間的な心をしっかりと持ったまた、その上で復讐を果たしたのだから。
恨みを募らせた悪鬼ではなく、刃を突き立てる相手を的確に選ぶ冷徹な女だ。
まあこんな事を言ったとしても、大半の人間は信じないだろうがな。
アイツが基本心優しい少女な事は、誰が見ても解る事だし。
「そういえば、確認には立ち会って良いのか」
「流石に駄目。一応機密の類で、これが出来る事も基本的には内緒なんだから。貴方も他所で口にしないでよ。もし喋ったら私が怒られる事になるんだからね」
別にべらべらと喋るつもりは無いが、一応心に留めておくとしよう。
俺としても、今は別にコイツと敵対するつもりは無いしな。
気に食わない事なら兎も角、これは至極真っ当な事しか言っていないし。
「時間はかかるのか?」
「かかる時も有るし、かからない時も有るわ。だから今日は街に泊まるなら、泊まっている宿に書類を届けさせるわよ。中身の問題から、届けるのは私か彼女になるけど」
そういって支部長は受付嬢を指さし、それにニッコリと笑顔を見せる受付嬢。
まあ話をここで聞いている時点で解っていたが、やはり結構な上役なんだろうな。
俺の事も彼女には話しておきたいと、支部長に言われたぐらいだ。
仕事の会話での安心感は、個人的に受付嬢の方がとても高い。
むしろ何で彼女が上司じゃないのかと思う程に。
「戦闘技能が無いらしいが、有れば支部長の席はアンタが座っていたんじゃないか」
「有り得ませんよ。中間管理職なら兎も角、上に立つ器ではありませんので。それに私が戦えたとしても、彼女以外に適任は居ませんよ。少なくとも今のここには」
「・・・ま、そうなんだろうな」
受付嬢は俺の心を読む様な答えを告げ、実際そうなのだろうなと思う部分はある。
目の前の支部長殿は、普段のポンコツが嘘かと思う程、やたら優秀な瞬間があるからな。
支部長はアレを天然でやっている。努力でやっている訳じゃ無い。
そして彼女の天然の行動に人が集い、従い、上手く組織が回って行く。
努力でやっていないから余計にそれは信頼される。だって彼女にとっては当然だから。
この人なら絶対にやってくれる。そうしてくれる。こう動いてくれる。
組織を運営する上で、そういった部下の信頼感が有るのは大きいだろう。
その答えを聞いた支部長は、胸を張ってすました顔で茶を飲んでいる。
決めているつもりなんだろうが、俺の目にはどうにも残念感がぬぐえない。
「じゃあ、それなら俺は宿で休む事にする。一応明日の朝には出るつもりだったが、遅くなるなら少しは待つつもりだ」
「はいはい、了解。それじゃやっておくわ」
「ミク様、また後で」
『ふえっ? 妹どこ行くの!? まだお菓子残ってるよ!? おかし、妹、おかし・・・妹待ってー! 兄も行くー! もぐもぐもぐもぐ』
別に来なくて良いから食ってろ。というか、悩んだくせに抱えて来るな。
それ抱えきれる量じゃなかったらまだ食ってただろう、お前。
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