第640話、人間の高み

「・・・ごめん、もう一回聞かせてくれる?」

「魔獣に魔力を流し込んだら、精霊も倒せそうな魔術が放てた。何か知らないか?」

『兄は倒されてないもん。妹に怪我させたくなかっただけだもーん』


 顔を両手で抑えた支部長が、再確認を望んだので同じ事を告げる。

 すると今度はしゃがみ込み、頭を膝と腕で抱え込んでしまった。


 因みに場所は支部長の部屋で、受付嬢も一緒に居る。

 ただ彼女の方は相変わらず、苦笑をする程度に留まっているな。

 どちらの反応が正しいのかは解らんが、普通の事ではない事は確定したらしい。


「なんなの、次から次に。貴女は何か私を驚かせる事しないと気が済まないの? ただでさえ既に今日物凄い大きな話聞いてるのに、同日にこんな訳の分からない話を普通持って来る?」

「持って来たぞ」

『持って来たよー』


 疑問で聞かれてもな。実際そうなったんだから仕方ない。


「ああもうこの太々しいの腹立つぅー! 何したのか本気で解ってないみたいなのが余計に!」

「知らんのだから仕方ないだろう。後その体勢のまま会話を続行するな」

『その体勢だと喋り易いのー? 僕もやってみよう。妹よ、聞こえますかー! 兄は妹が見えなくてつまらないです! なので止めます!』


 頭を抱えたまま会話を続ける支部長だが、この状態だとまた話が逸れそうなんだよな。

 取りあえず受付嬢に視線を向けると、彼女は困った顔で支部長を宥め始める。

 そしてとりあえず席に着かせ、既に用意してある茶と菓子で機嫌を取った。


 なお精霊の機嫌もとても良いが、コイツは菓子さえあれば良いので措いておく。


「それで、何か知ってるのか」

「知ってるも何も、それは昔人間がやろうとして出来なかった事よ」

「やろうとして、出来なかった?」

「魔獣の魔核には、強い魔力が宿っているわ。それは魔術師なら誰でも解る。けどそれを使用する術は無かった。何かに使えないかと研究の成果が、魔核を利用した魔道具なのよ」


 使用する術がない。魔力は宿っているのに、その力を使えない。

 つまりそれは『人間には魔核の魔力を操れない』という事か。

 そういえば魔核は『燃料』としての価値が高いという話だったもんな。


「魔獣の素材を使ってくみ上げた魔道具を使えば、魔核を糧として疑似的に人間が魔獣の魔術を使える。魔道具って言うのはそういう物。それに魔獣の魔術は人間には『基本的に』使えない」

「基本的に?」

「魔術を極めた先。一般的な魔術師の使える魔術の先の領域。そこに届く様な人間だけが、魔獣と同じ魔術を使える。魔獣の方が高度な魔術を使える、って言ってるみたいで嫌いな話だけど」

「・・・・ふむ。実際そうじゃないか?」


 人間の放つ系統の魔術は単純な作りで、魔獣の魔術は常に制御が要る。

 この時点でどう考えても、魔獣の魔術の方が高度だと思うが。


「・・・ん」

「ん?」

『んえ?』


 突然支部長が手を前に出し、その上に水球を浮かべた。

 そしてそのまま壁に放ったかと思うと、壁の手前で曲がって部屋を一周。

 更には放たれた軌道と同じ動きで、支部長の手元に戻ってからパンと弾けた。


 そして支部長はニヤリと笑みを見せ、胸を張って口を開く。


「どうかしら?」

「・・・いや、素直に感心した。お前本当に腕の良い魔術師だったんだな」

『おー、今の面白ーい。なんか変な魔力の流れだったー!』


 今の支部長の魔術は、最初から最後まで全て制御しきっていた。

 撃ったら撃ちっぱなしの魔術ではなく、標的を狙う微調整が出来る魔術だ。

 だがそれでも魔獣の魔術とは、構成が違った事が気になるが。


 何となくではあるが、今のを見ただけで真似するのは難しい気がする。

 魔力循環などの制御とはまた少し違う、人間の為の一歩先を行く魔術だ。


「まあ、これもこれで疑似的に魔獣の魔術を真似た物、って言われるんだけどね。人間が鍛錬の果てに届く結果なのに、なーんでそんな事言われなきゃならないのかしら。しかもこの領域に来ると、結構な魔術師から変人扱いされるし。努力が足りないだけでしょうが」

「・・・成程」

『人間頑張ったね! 拍手してあげよう!』


 精霊が菓子を食うのを止めて、ぱちぱちと拍手をしている。

 つまり精霊も見たことが無いという事だろうか。

 そうなると目の前の女は、世界有数の魔術師という事になるんだが。


「・・・お前が凄いという事に、何となく納得がいかない」

「何で?! それは酷くない!?」


 いや、だって、なあ。お前だし。待て、また話がずれてる。

 本当に、コイツと話してると本題からズレるな。まあ今回は興味深かったが。

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