第626話、出発前に一休み

「でも流石に今日は泊って行くでしょ?」

「そうだな」

『お泊りだー!』


 直ぐに出発するとは告げたが、今は真夜中で見通しも悪い。

 勿論俺の目なら問題無いが、無理に徹夜をする意味も無いしな。

 しっかりと寝てから、翌朝にゆっくり出発で良いだろう。


 そもそもどれだけ急いだ所で、確実にアイツらが居るとは限らない。

 もうここに滞在する理由は無いが、別に1分1秒を急ぐ理由も無い訳だ。

 ならのんびり体を休めて、万全の状態での出発が望ましい。


「もぐもぐ」

『あ、最後の一個! 嫌でも僕は兄だから、妹に譲るんだ・・・僕偉い・・・!』


 なにやら自己肯定に忙しそうだが、この程度で兄らしさを名乗られてもな。

 そもそもこの食事は俺の為の物だ。大前提としてお前が横取りしてるんだよ。

 精霊付きだという事を知っている使用人達は、それも込みで用意しているとは思うが。


「当家の食事はご満足いただけましたか?」

「味は何時も通り満足だ。量はまだいけるな」

『兄も満足です!』

「何でそれでこの細さなの・・・お腹ポッコリぐらいしなさいよ」

「撫でるな撫でるな」

『兄もポッコリならないよ! 妹とお揃い!』


 令嬢として食事量と釣り合わない体形に納得がいかないのか、俺の腹を撫でるサーラ。

 とはいえ撫でている本人が太いかと言えば、俺としてはもっと食えと言いたいが。

 深窓の令嬢なら今のままで良いかもしれないが、剣を振るにはまだまだ細い。


 まあ本人もその辺りは解っているらしく、食べる量は増やしているみたいだが。


「・・・割とぷにぷによね、貴女」

「押すな突くな」

「こんなにぷにぷになのに、力を入れたら固くなるの?」

「ん」

「わっ、すご、わぁ・・・うわぁ、すごい・・・すご・・・」

『どれど―――――』


 力を入れると思った以上の変化だったのか、サーラの語彙力が死んだ。

 驚いた顔で俺の腹を撫で、ぺんぺんと叩いて固さを確かめている。

 精霊も叩きに来たので、そっちは放り投げた。


「もう良いだろう。その辺りで止めろ」

「あっ、ごめんなさい。思った以上に凄い変化だったから・・・本当に貴女って、精霊付きとか関係なく強いわよね。どうやったら貴方みたいになれるのかしら。やっぱり才能なの?」

「他の連中は知らないが、俺に限っては才能だろうよ。これは生まれつきの体質だ」


 生まれつきの化け物なのだから、これは才能と言って良い事だろう。

 とはいえ身体能力頼り過ぎて、他の技能は相変わらず凡人並みだが。

 後多分骨も固く、皮膚も頑丈だ。殴っても大概の物は痛くないしな。


 触った感じは普通の皮膚なんだが、この辺りは自分でも良く解らん。


「鍛えてこうなる人間は・・・居ないとは言わないが、滅多には居ないだろうな」

「そうよねぇ・・・」

「だから突くな」


 余程変化が面白かったのか、まだ突いて来ようとする。

 その手を取って防ぎ、食後に用意された茶をゆっくりと飲む


「食べ終わったなら、今度は湯あみね。用意はしているわよね?」

「はい、お嬢様。何時でも問題ありません」


 どうやら食事中に湯あみの用意をしてくれていたらしい。

 今回汗はそこまでかいていないし、返り血も殆ど浴びていない。

 なので余り汚れてはいないが、やはりさっぱり出来るならその方が良い。


「確認はしてなかったけど、入るわよね、お風呂」

「そうだな。用意されてるなら入る」

「そうよね。ミク様お風呂好きだし」

「・・・そんな事言ったか?」

「湯上りは何時も機嫌良さそうな顔してるわよ?」


 余り覚えがない話だが、彼女が言うならそうなのかもしれない。

 まあ嫌いじゃないのは事実だ。というか好きだと言って良いか。

 雪山でも魔術で風呂を作ったぐらいには、さっぱりするのは好きだしな。


「もう目が覚めちゃったし、私も一緒に入って良いかしら」

「勝手にすればいい」

「じゃあそうするわ。折角だし、寝るのも一緒にする?」

「好きにしろ」

「そう、じゃあ一緒に寝ましょう。今日で最後なのだし。精霊様も一緒よね?」


 そういえば、投げ捨てた後から反応が無いな。どうした。

 視線を向けるとやけにニコニコ笑顔で、俺を見守る様な様子を見せていた。


『ん、どうしたの。兄は楽しそうな妹を見てるだけで楽しいから、気にしなくて良いよー?』


 ・・・隣で無駄に騒がれるのも面倒だが、これはこれで何か苛つくのは何故だろうな。

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