第625話、楽しかった

「・・・サーラ、狐が現れた所を教えて貰えるか」


 メラネアの居場所が解っているなら、情報共有だけでもしておいた方が良いだろう。

 もしかしたら監視では無く、偶々存在を知って偶然呪いの道具を仕掛けた可能性も有る。

 俺は実験の線が濃いとは思っているが、もしかしたら違う可能性も有る。


 それでも危険な可能性が有るなら、一応伝えておいた方が良いだろう。


「行くの?」

『えー、もう何処かいくのー?』

「そうだな。もうここでやる事も無いしな。戦争は終わったも同然だろう?」


 隣国に攻め入った時、追加の兵士を編成している気配はなかった。

 つまり最初に送り込んだ戦力以上は、もう戦争に使う気が無いという事だ。

 国王の目的が人死にの誤魔化しであったなら、それも当然の事だろう。


 最初から勝つ気が無かった。あわよくば、という考えは有っただろうがな。

 ならもう俺がここに留まる理由はない。サーラの身の安全は城の兵士が守る。

 連中も中々やる事は、ここで暮らしてある程度解ったしな。


「貴女が居なくなると、寂しくなるわね」

『ねー? 寂しいよねー? もうちょっとゆっくりしたら良いのにー』

「俺がここに居る間、そんなに常に顔を合わせていた訳じゃ無いだろう。それにお前は俺を友人と言う割に、根っこでは怖がっているだろうが。居ない方が安心して眠れるだろうよ」

「・・・意地悪だわ」


 俺の返答を聞いたサーラは、拗ねた様に頬を膨らませた。

 だが完全な否定は出来ないのだろう。彼女は俺を恐れている。

 友人として信頼し、好意を抱いているのは確かだろう。恩も感じているだろう。


 だが何か一つ掛け違えたら、俺は何をするか解らない『化け物』という理解がある。

 それは間違った認識ではなく、むしろ余りにも正しい認識だ。

 だからこそ俺は彼女の事が嫌いでは無く、一人の人間として認めて接している。


「確かに貴女の事を全く怖くない、なんて言えない。貴女が来た時に私は一度醜態をさらしてしまっているもの。何を言った所で説得力は皆無だわ。けど、それでも、私は貴女の事を尊敬する友人として、私にはもったいない友人として、そう思って接しているつもりよ」


 ああ、解っている。言われずともそれぐらいの事は解っているし、俺も思う所は有る。

 きっと俺も尊敬している。全く力の無い彼女が、生きて行く為に足掻いた時から。


 相手がどんな化け物であっても、どれだけ怖くとも、堂々と前に立つ姿に。

 立つ距離が近くなったからと言って、それで特別になった訳ではないと戒める様子に。

 例え誰かに無様だと罵られようとも、必死に足掻き続ける彼女を


『妹ってば、好きな子に意地悪しちゃうタイプだからねー』


 煩い。別に虐めてはいない。事実を言っただけだ。


「まあ、俺は友人の家に遊びに来ただけだからな。お前が友人でないと言ったら、俺が赤っ恥を描くだけの事だ。だからその認識で助かる」

「ふふっ、そう言えばそうだったわね・・・楽しかった?」

『楽しかったー!』


 何でお前が応えているんだ。そもそもお前は何でも楽しいだろうが。

 羽を壊しても結局元気になりやがって。何したらお前は本気で落ち込むんだ。


「そうだな、楽しかったか問われれば・・・まあ、楽しかったんだろうな」


 総合的に見れば、今回の件は俺にとって良い旅路だったと思う。

 最初に寄った村でも気分良く過ごし、城では色々学ぶ事も有った。

 隣国の件では、しっかりと関わったからこそ見えて来た事も有る。


「良い休暇だった。休めていたのかは怪しいがな」

「ふふっ、それは何よりだわ」

『兄はもっと遊んでも良いと思うよ!』

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