第418話、敵対? 友好?

「はぁ、満腹になった」

『まんぷくまんぷくー♪』


 大きなテーブルから食器が片付けられるのを見ながら、一息吐いて茶を飲む。

 精霊の分も用意されているのは、俺の食っていない食事が減る事に気が付いたからだろう。

 この辺りは優秀な使用人というべきか、やはり高位貴族の侍女臭い気配がある。


 それもかなり上の立場の侍女だ。人への指示も出しなれているしな。

 むしろ俺に腰を折っている姿よりも、あっちの方が本来の姿なのだろう。

 そんな風に無駄な事を考えて現実逃避をしている。うん、まだ振り切れていない。


 とはいえ流石に落ち着いては来た。引きずっていても仕方の無い事だしな。

 こういう事は諦めが肝心だ。足掻いても変えようが無いんだから。


「しかし、散歩か」


 猫の言葉を思い出し、今更だがあの女の脅威度が上がった事に気が付く。

 とはいえ、俺には関係の無い範囲の脅威だが。


 気軽に散歩と言っていたが、精霊の存在は人には見えない。

 そして猫は人の醜さを良く知っており、ならば情報の大事さも知っているだろう。

 見えない姿で城の中を悠々と散歩していれば、色々な情報が集まるに違いない。


 それこそあの女が色々と有利に運べる交渉材料の類とかな。

 この国では何もする気が無くとも、他国や自国に帰ってもその力は有用だ。

 精霊が見えない人間には脅威以外の何物でもないだろう。


 この事実を現状認識しているのは、おそらく俺と猫だけな気がする。

 猫はあの女と気軽に話しそうにないし、俺も教えてやる気は無い。

 なのでいざという時に有効に働く感じだろうな。少なくとも不意打ちは防ぐ為に。


『ん、お散歩にいくのー?』

「・・・」


 実に羨ましい事だ。コレも頭が良ければ、情報取集に使えただろうに。

 だが恐らくこれが同じ事をした所で、きっと有益な情報は手に入らない。

 入るのはせいぜい、どこでどんな美味しい物があった、程度の事だ。


 全く持って羨ましい。狐も猫も、付かれている人間に有益で。

 俺も利益が無かった訳じゃないが、不利益の方が多すぎる。


『妹、どうしたの? お散歩行かないの?』

「・・・また後でな」

『おー、後で行こーねー』


 ただ城の散策は悪い話ではない。俺はこの城の構造を良く解ってないからな。

 今日は少しだけ見て回ったが、ゆっくり歩いていたのでほぼ回れていない。

 これは単純に興味だけの話ではなく、歩く事で釣りになる事も理由だ。


 騎士達、使用人達は、宣言通り俺より先に対処に動いているだろう。

 だが必ず動き切れるとは限らない。上手く行かない時も有るかもしれない。

 俺が動く事で、そういった粗が生まれる可能性は有る。


「食後の時間を堪能している所に申し訳ありません。ご質問をしても宜しいでしょうか」

「ん、どうした急に。何だ」

『どしたのー?』


 粗方の片づけが終わった辺りで、使用人が俺に声をかけて来た。

 一体何かと、むしろ俺が首を傾げながら問い返す。


「食事中に会話なされていた相手は、あの方・・・ンビュミャム様の精霊様、という認識で間違っていないでしょうか」

「そうだな。アイツの猫だな」

『そう、猫だよー。ミャー!』

「・・・そうですか。畏まりました。お答え頂き有難うございます」

『どういたしましてー♪』


 予測は出来ていただろうに、何故改めてそんな質問を。

 一瞬そう思ったが、俺の返答を聞いた彼女の反応で予想が付いた。

 おそらく俺が落ち込む事になった理由が、猫のせいだと判断したんだろう。


 それはある意味で合っているかもしれないが、完全な間違いで勘違いだ。


「言っておくが、あれは猫が悪い訳ではないぞ。むしろ猫は俺に有益な情報を与えて来た」

「・・・そうでしたか。差し出がましい事をお聞きいたしました。申し訳ありません」


 やっぱりな。俺とあの女の敵対、ぐらいの想像をしていたんじゃないか。

 別に仲良くする気は無いが、敵対する気も無いぞ。面倒だから関わりたくないだけで。

 最初に顔を合わせた時に雰囲気が悪かった、という点を聞いていたせいだろうな。


 最終的にどうなろうと、邪魔するならぶん殴るが、態々悪人に仕立て上げる気は無い。

 むしろアイツは悪党とは程遠い存在だろう。つまり今の俺とは最高に相性が悪い。

 我が儘を通して、自分のやりたい事を優先する俺とは、確実に合わないな。


 敵対する事になったとすれば・・・手ごわいのは確実だろうな。

 むしろ初対面の時よりも、今の方が余程危険な気がする。

 精霊が内に封じられておらず、自ら望む形で力を貸す訳だからな。


「そんなどうでも良い事より、茶のお代わりを頼む」

『兄も兄もー!』

「畏まりました。精霊様のカップも空ですので、そちらも淹れさせて頂きますね」


 どうなるか解らない事を考えるだけ無駄だ。何するにせよ行動は明日からだな。

 今日はもう何もやる気が起きない。もう一杯茶を呑んだら寝よう。

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