第407話、猫精霊の立ち位置
女は膝を突いてはいるが、頭は下げてはいない。
視線はしっかりと俺を見つめ、謝罪を口にした割に目は鋭い。
俺の事を見定めようとでもしている様に見える。
「どうでも良い。俺はお前に興味が無い。最初に言った通りな」
「ではあのお方を害するつもりは無い、という事で相違無いだろうか」
女は視線を猫へ向ける。見えているのかと思ったが、やはり見えて居ない様だ。
若干猫から視線がずれており、猫は苦笑しながら女を見つめ返している。
「害するも何も、さっきのは精霊が勝手にやった事だ。俺には関係ない」
「・・・貴殿に付いている精霊様なのだから、貴殿の意思があったのではないのか?」
「無い。こいつは基本好き勝手に動く。そこに俺の意思は殆ど介在しない」
偶に、本当に偶に直接頼む事はあったが、殆どはこいつが勝手にやっている事だ。
今回も別にこの女に攻撃する気など無かったし、中の精霊になど気が付いてもいなかった。
『えー。兄は何時だって妹の為に動いてるよー?』
嘘を付くな嘘を。お前は大概好き勝手にやっているだろうが。
確かに役に立った事が有るのは認めるが、大半は俺の邪魔しかしないだろう。
さっきも猫と真面目に話していたのに、邪魔をされたせいで面倒くさくなったし。
いや、猫に用は無いのだからそれで良いと言えば良いんだが。
「そうなのか・・・我々が崇めているお方は、我々の感謝と祈りに応えて力を貸して下さると、ずっとそう教えられて来たんだが・・・違う精霊様も居るのだな」
「そうなのか?」
不思議そうな女の言葉を聞き猫へ目を向けると、猫は愉快そうな笑みを見せる。
狐の時も思ったが、猫の顔なのに随分と表情が豊かで解り易い。
いや、解り易い様に見せているだけかもしれんな。悪戯猫だし。
『・・・この娘と先代に関しては、その娘の言う事が正しいと言えようの。それまでは儂を受け継ぐ者は全て内側から食い殺して来たから故の。しかし先代の純粋な感謝と祈りが心地良かったのでな、特別に儂の意思で力を貸してやったのよ。故に先代は一族でも崇められておるよ』
『お礼言われると嬉しいよね! ねっ、妹、ねっ!』
「となるとその先代とやらは、長生きしているのか?」
猫の言い方からは、先代とこの娘は食い殺していない、と言っている様に聞こえる。
『長生きも長生きよ。一族の中では最長の長寿よ。儂が守ってやっておったのだから当たり前の事よの。しかし流石にもう体が言う事を利かん歳になったと、この娘が次代に選ばれたのよ』
『兄は何時までも妹を守るよ!』
そうなると、純粋な祈りと感謝を持つ者が、次代に繋ぐ為にそれを教えた訳だ。
しかも他の者達は短命だったのに、それを教える者だけは長く生きた。
つまりはその祈りこそが、寿命を削らずに力を使う手段だと理解した訳だ。
そして先代が長く生き語り継いだ事で、世代が変わった今はそれが常識になっていると。
「先代にも姿は見せなかったのか?」
『見せてはおらんよ。しかし声は何度かかけた事が有る。この娘にもな。故に儂が身の内に居るという事はよおく解っておるし、むしろ今抜け出ている事に不安を持っておるだろうの』
『兄はちゃんと妹にいっぱい見せるよ! ほらほら、兄いっぱい!』
さっきから煩い。増えるな。足元をちょろちょろするな。
ちらりと女に目を向けると、相変らず膝を突いたまま俺と猫に視線を動かしている。
どうも俺と猫が会話している事を察し、邪魔をしない様に黙っている感じだな。
だがその表情には不安が隠せていない。恐らく俺が『復讐』といった事が原因か。
『おんしらが感謝を忘れぬ限り、儂がおんしらを守ってやろう。そんな約束をしてしまったのが運の尽きよの。先代の祈りは素直だが、強かな部分もあったものよ。全くけしからん』
だが猫が女を見つめる目はとても優しく、彼女の先祖へ向ける憎悪は欠片も見えなかった。
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