第408話、困った事情
何の事は無い。猫の復讐は既に終わっていて、今はやりたい事をやっていただけか。
とはいえ自由の無い状況には変わりなく、外に出れた事は嬉しいのだろう。
後は俺の知った事じゃないな。猫が勝手にすれば良いだけの事だ。
「事情は大体解った。とりあえず、俺と戦う気は無いんだな?」
『・・・そんな面倒臭い事をする理由が見つからないね。お嬢ちゃんは見た所そこまで強くは無い様だけど、まあまあ面倒そうに思える。なのにそっちの小さいのとも戦わなければいけないとなれば、やる理由が無い限り誰がやりたいと思うものか』
『むふー、兄は強いからね!』
俺も別にやるつもりも理由も無いが、露骨に格下と判断して来たか。
ニヤニヤしながら言っている辺り、俺が悔しがる所でも見たいんだろう。
だがそんな事実は別に今更言われずとも、最初から解っている事だ。
「そうか、ならもう俺に聞きたい事は無い。あとはそっちで好きにしてくれ」
『・・・本当につまらない子だねぇ』
『なら僕が踊ろうか? 僕の踊りはすごいぞー! 羽がいっぱいだよ!』
言葉通り心底つまらなそうな顔を見せ、溜め息を吐く猫から視線を切る。
そしてこちらの様子を伺っていた国王に再度目を向けた。
国王はまさかまだ用が有ると思ってなかったのか、少し驚いた顔を見せる。
だがすぐに所の表情を消し、少々の緊張感を持った様子で見つめ返して来た。
「私に何か、まだ望む事でも有るのか、ミク殿」
「少しの間城に泊りたい。その方が面白い事になりそうだからな」
「っ、それは、いや、だが・・・」
国王は一瞬で俺の思惑を理解し、そして実際に起こりかねないと思ったらしい。
どうにか断れないかと思考を巡らせているが、断れる訳がない事を思い出させてやろう。
「断ると言うのか。領主からは俺に目通りしたい人間が居ると聞いたぞ。用が有ると呼び出しておきながら、都合が悪ければ帰れと言うつもりか?」
俺と国王の関係は、王と平民ではない。俺はこの国王を王と崇めていない。
ならば王の都合を押し付けられる謂れは無く、それをやるなら先程の話の再開だ。
あくまでお互いに利点が有るなら、俺は素直に話を聞いても構わない。
だが片方の都合を押し付けた以上、俺も同じ様に押し付けさせて貰う。
呑めないというのであれば、最初から俺に手を出さなければ良かっただけの話だ。
今更都合が悪くなったからあの件は無し、等という馬鹿げた話を通す訳もない。
「っ・・・解った。部屋を用意させよう。好きなだけ滞在すると良い」
「そうか、歓迎感謝する」
『ふいー、ひと踊りしていい汗かいたー! ふっふー!』
国王の口がひくっと上がったが、わざと無視して感謝を告げる。
だが最早何を言う元気もないのか、目で騎士に指示を出していた。
騎士は国王へ若干の同情の目を向けながら、小さく腰を折って指示通りに動く。
暫くしたら使用人でもやって来て、俺の泊まる部屋へ案内される事だろう。
「すまない、精霊付き殿、少々話をさせて貰っても宜しいだろうか」
「ん、なんだ?」
『何々ー?』
国王との話が終わったと判断したのか、客人の女が立ち上がって近づいていた。
流石にもう俺に用など無いと思うが。絡んできた謝罪もして来たしな。
それに結局一回も打ち合わなかった以上、何も始まっていないのと同じだ。
「貴殿は精霊様と会話する事が出来る、と見て良いのだろうか」
「そうだな。そう思ったから、さっきも会話の邪魔をしなかっただろう? お前の崇める精霊である猫との会話を」
『兄も一緒だよ? 何で兄の事も言ってくれないの? 照れ隠し? そっか照れ隠しか!』
「猫・・・あの方は、猫のお姿をされているのか」
「そうだな、大きな白猫だ」
『ねこー!』
そこで猫に視線を向けると、何故か猫は嫌そうな顔をしていた。
何故そんな顔を。もしかして姿を教えたからか。
「何だ、姿を知られたくなかったのか?」
『・・・精霊等というものは、良く解らずに畏怖と尊敬を持ち、下手に想像の出来ない超常の存在を想うておる程度が丁度良いのよ。見た目を教えて身近に感じても問題しか起こりえんでね』
「経験談か? それで姿を見せないのか、お前は」
『そんなの気にしなくて良いのにー』
身近な存在に思う事での問題か。それはまあ、解らなくない所は有る。
辺境での今の俺がそんな感じだからな。
俺は別に自分のやりたい事をやっただけで、感謝されるような立場じゃない。
その感謝に畏怖や尊敬が有れば兎も角、ただの依存や縋り付きであれば面倒極まりない。
一度助けてくれたからまた助けてくれる。きっとまたあの時の様に。
そんな考えを持たれる様な事が有れば、不愉快な状況になるだろうよ。
「ま、解らなくは―――――」
「申し訳ありません! 貴方様のお姿を詮索するなど、余りに無礼で御座いました! 一同この通りでございます! どうか平にご容赦を! どうか、どうか・・・!」
するとこの会話をどう思ったのか、女が慌てた様子で膝を突いて頭を下げた。
全員が全員恐れの様子を見せ、本心からの謝罪を猫に告げている。
女の護衛達も同じ様に下げ、それを見た猫は苦笑で返している。
『・・・まあ、これはこれで問題と言えると考えれば、親しく思われるのも悪い事では無いのかもしれんがねえ。この調子では、この娘の一族から解放されるのは何時になる事やら』
「はっ」
思わず鼻で笑ってしまった。何が何時開放されるかだ。
解放されない為に、畏怖と尊敬と感謝を続けさせる為にやっているだろう。
実に面倒臭い猫だな。そんな話を聞いてどうして笑わずに居られるのか。
『・・・何かのう、その鼻で笑った理由を聞かせて貰いたいものだの』
「随分とひねくれていると思っただけだ」
『・・・赤子ごときが言うてくれる』
『ふふふ、妹は可愛いだろう?』
「赤子・・・」
やはり精霊から見ると、俺は赤子に見えるんだろうか。
だが狐はその手の事は言っていなかったんだが。
いや、アイツは言わなかっただけか。
『・・・お、やっとおんしの崩れた顔が見れたの。よし、今ので許してやろうかや』
『なんか許された! ヨシ!』
ちっ、猫を楽しませてしまった。若干負けた気分だ。
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