第365話、不器用な自分

 服を着替えたら元の客室に戻り、上着を着て手甲と脚甲もつける。

 改めて思うが、昨日こそ手甲に魔力を全力で通す機会だったのでは。


「もしかしたら結果は違ったかもしれないのに、もったない事を」


 とはいえアレは俺の全力だ。いや、全力以上の一撃だった。

 勿論魔力が残っている事を考えれば、余力が有ると言えるかもしれない。

 だが余力を全て注ぎ込む技量が無い時点で、やはり全力と言うしか無いだろう。


 おかげで少し掴んだ物が在る。アレは思い付きの無茶だったが、今後も使える技だ。

 格上相手に通じる可能性のある、俺が出来る数少ない技の一つになる。

 問題は、一撃打った後の疲労感が凄まじい事ぐらいだしな。


 気絶したのは単純に、相打ちになって吹き飛ばされたからだろう。

 魔力循環を行っていたおかげで、打ち合った腕以外は無事だったのが幸いか。

 そういえば、しっかりと踏み込んで殴ったはずだが、足も無事だったな。


 やはり完全に撃ち負けた訳では無いな。相殺と考えて良いだろう。

 とはいえ相手は打ち放つ技で、俺は接近して殴る技。

 技の性質的にこちらが不利、と考えれば本体を殴りに行く方が勝ち目があったか。


 まだ杖の本気じゃなかった事を考えると、全力を出す前に殴れば潰せた可能性がある。

 今だからそう思えるが、あの時は思いつきもしなかったな。余裕が無かった。


「やはり俺は不器用だな。あれこれ考える余裕が無いと視界が狭まる」


 今までの戦闘で思考の余裕があったのは、勝てる見込みがあったからだ。

 先日の様に、全力以上を出しても勝てない可能性が有る、という相手じゃなかった。

 一歩間違えれば死んでいただろうが、それでも十分勝ち目のある戦いばかりだ。


 だからこそ今までは頭を回せたが、余裕が無ければ俺はあんなものだ。

 本当に不器用が過ぎる。もう少し器用になりたいが、無理だろうな。


「さて、行くか」

『結局いつもの恰好かー。兄はあの髪飾りぐらい付けても良いと思うよー?』

「要らん、邪魔だ」

『ちぇー』


 俺が髪飾りなど付けていたら、どうせ戦闘で壊れるぞ。

 基本的に近づいて殴るのが主力だと、反撃を受ける事も多々あるしな。

 実際何度も吹き飛ばされている。頑丈だから今も無事なだけだ。


 くそ、考えるのを止めようとしたのに、また不器用な事を思い出したじゃないか。


「余計な事を言ってないで、牛に会いに行くぞ」

『うし起きてるかなー?』

「さあな。だが今が一番起きている可能性が高いだろうよ」


 流石にあの精度の攻撃を寝ながら、という事は無いだろう。

 ならまだ起きているかもしれないし、疲れて寝ているかもしれない。

 どちらにせよ行けば解る事だ。そして今の俺なら、あそこまで半日かからない。


「いや、丁度良い、訓練がてらに無茶をしてみるか」

『無茶すると危ないよー?』


 そんな事は百も承知だ。その上でやろうと言っている。

 精霊に応えずに部屋を出て、使用人に先導されて領主館の外へ。

 もう案内など要らないんだが、断る理由も無いし別に良いか。


 そして外に出たら門番達に敬礼を受けた。お前らもか。


「行ってらっしゃいませ、ミク様」

「「「「「行ってらっしゃいませ!」」」」」

「・・・」

『いって来るねー! お土産はわかんない!』


 使用人が腰を深く折って見送りをすると、周囲に居た兵士全員が声を揃えた。

 煩いな。というかまさか、これからずっとこうなのか。

 今の大声量のせいで、近くを通った連中が興味深そうに伺ってるぞ。


「・・・帰ったら、一回領主に止める様に頼もう。その方が早そうだ」

『えー、兄はこっちのが楽しいのにー。わいわい騒ぐ方が笑顔になれるよ!』


 お前の好みなど知らん。俺は見送るにしても、せめて静かにして欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る