第363話、一晩・・・二晩あけて
使用人の言う通りなのか、食堂へ向かう間も周囲の態度がいつもと違った。
俺の存在に気が付くと、先程と同じ様に深く腰を折って挨拶をする。
仕事の手を止めてやる必要は無いんだが・・・言っても無駄なんだろうな。
彼女が言っていた通り、気にしないようにするしか無いか。
食堂に着くと既に茶が用意されており、パンとスープもあった。
おそらく事前に用意していた分なのだろう。流石に早過ぎる。
「どうぞ、ミク様」
「ん」
促されて席に座り、スープに口を付け――――――。
『おっはよう! 妹のお寝坊さん! あ、すーぷだすーぷ。兄もちょーだい』
ほら、起こさなくても絶対丁度良いタイミングで来るんだよコイツは。
邪魔なのでポイっとテーブルの上に捨てると、コロコロと転がっていく。
『おおー!? 世界が回る―! だが兄は回る世界にも順応して見せるぞー!』
勝手に楽しそうな精霊は放置して、今度こそスープを飲む。
冷製スープなのか、すっきりした味だ。そしてパンは柔らかい。
作り置きの類と思ったんだが、随分と美味い気がする。
いや、作り置きには間違いないと思うんだが、やけに手が込んでいる様な。
まあ俺が気にする事では無いだろう。のんびりとパンを咀嚼する。
『おー、ふっくらパン! もぐもぐ。兄これすきー。スープに付けてたべたらどうかなー。冷たい! あったかく無いよこのスープ! でも美味しいからいっか。もぐもぐもぐ』
精霊も気に入ったのか、楽し気に食べている。
そうしてスープが無くなるまでに間に、次の料理が運ばれて来た。
かなり早いな。そして料理に気合いが入っている。
元から領主館の料理は、材料からして他とは違う。
見た事の無い食材が幾つかある事は、数度の訪問で知っている。
だが何と言えば良いのか、今回は凄まじく気合いの入ったコース料理感が有るな。
別に領主との晩餐に手を抜いていたというつもりは無いが、少し違う気がする。
『妹、妹、これ美味しいよー』
「どれ・・・美味いな」
『ねー?』
いや、全部美味いんだけどな。不味い物は何も無い。
俺に好き嫌いが余り無い、というのも理由なんだろうが。
とはいえ余りに苦い物やえぐみの有る物は苦手だがな。
「おはようミク殿、元気そうだな」
「ん、領主殿か。この通りだ」
『げんきげんきー! 兄はとっても元気!』
そうして暫く食べていると、領主が食堂に現れた。
彼も食事をしに来たのだろうか。
そう思ったが、彼の分の食事が用意される気配が無い。
彼は俺の正面に座ると、使用人がお茶だけ用意した。
「流石に少し心配した。昨日落ち着いてから報告を詳しく聞いていたので余計にな。随分と無理をしていたんだな」
「無理をしなければ勝てない相手だと思ったのでな」
『もう、次はちゃんと兄を呼ぶんだよ!』
無理をしていないとは言えない。アレは大分無理を、無茶をしたと思っている。
だからと言って、あれぐらいの事をしなければどうにもならなかった。
今の俺の安全圏の技術では、あの魔力の渦に対抗すら出来なかっただろう。
そして絶対に次もお前の事は呼ばない。勝手に乱入してくるなら別だが。
俺の出来ない事を頼むなら兎も角、喧嘩自体に助けを望む事はこれからも無い。
万が一死ぬとしても、それでも俺は俺の喧嘩をする。
「・・・不調は無いか?」
「まだ少し体がだるい程度だな。疲労感がある。だがその程度だ。もぐもぐ・・・」
「そうか・・・彼の事を頼んでしまったが、疲れているなら数日ゆっくり体を休めてからで構わない。無理はしない様にな」
「もぐもぐ・・・問題無い。少しだるいだけで、動くのに支障はない。もぐもぐ、それに俺もアイツには用が有る」
『もぐもぐ、牛起きてるかなー?』
周囲の目が有るので、明確に誰に会いに何処へ行くとは言わない。
正直ここの使用人なら言っても良い気がするけどな。
特に領主の傍に備えている連中辺りは。そいつら多分腹心だろ。
「そうか。貴殿が無理をしていないと言うのであれば、信じるとしよう。だが我々は貴殿を心より歓迎する。好きなだけ休んで行ってくれて構わない事だけは、知っておいてくれ」
「悪いが、ここでずっとは気が休まらん。全員俺を気にし過ぎだ」
「くははっ、それはすまない。だが今の貴殿だと、街に出ても同じ事になると思うぞ」
「・・・面倒だな」
『妹が人気者で兄は鼻が高いです! 兄も褒めてくれて良いよ!』
人気など要らんのだが。本気で面倒くさいな。
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