第362話、感謝とは

「ミク様、朝食は如何されますか」

「すぐに用意できそうか?」

「ミク様がお望みでしたら、すぐに用意させます」


 ニッコリ笑顔で告げる使用人。言い方が大分強めだな。

 ふと思ったが、彼女はもしかして結構上の方なのだろうか。

 今更な話ではあるが、執務室にも一切緊張なく入っているし。


 だがまとめ役、というには若い気がする。

 そういう仕事は大体が年配の者がする仕事だろう。

 俺の記憶が確かならば、この屋敷には数人年配の使用人が居る。


 彼女達を差し置いて、年若い彼女が上に立つ事は・・・あるか。

 領主館の、貴族の使用人となれば、貴族がやってる事も有るしな。

 身分制度がある世界なら、経験よりも身分が上になる。


 勿論彼女が優秀なだけ、という可能性も大いにあるがな。

 というか、優秀だよな。俺に目線から精霊の位置が解る程度には。


「精霊様は、お食事はどうされますか?」

「・・・こいつはまだ寝てる。どうせ俺が食ってる途中で目を覚ますだろう」


 今みたいにな。俺がベッドに視線を動かしただけで、そこに居ると判断したらしい。

 これは俺が単純なせいもあるんだろうがな。目線の制御とか俺には出来ん。

 意識してやる分にはまだ良いが、無意識の部分を突かれたらどうしようもない。


 メラネアは出来そうだけどな。多分そういう技術もあるだろう。

 因みに俺は目線を読む方も、相手が露骨でないと解らん。


「とりあえず、すぐ用意できるなら頼む。少し腹が減って来た」

「畏まりました。では食堂へ参りましょう」


 使用人は扉を開けると、すぐ傍に居た他の使用人に声をかけた。

 俺の食事を作る様に、という料理人への伝言だ。

 告げられた使用人はその指示を聞いたら、俺に深く腰を折ってから速足で去って行く。


「・・・馬鹿に丁寧な気がするが、何時もあんな物だったか?」


 ここには何度か来ているが、歓迎の際以外で頭を下げられた事は少ない。

 いや、挨拶程度ではあるが、あそこまで深く下げられた事はほぼ無い。

 やるのは目の前に残っている使用人ぐらいだ。


 勿論この屋敷の使用人は皆丁寧だが、今のは何時もと雰囲気が違う気がする。


「この屋敷に、ミク様へ礼儀を欠く者は居ませんし、そんな者は必要ありませんので」

「・・・そこまでの扱いを受ける様な覚えはないが」


 別に俺は礼儀を欠いた程度では、特に何も気にせんぞ。

 むしろ俺に絡んでさえ来なければ、特に気にする事も無いし。


「昨日の一件を知っていてミク様に礼を欠く人間は、この屋敷に居てはいけません」

「・・・ああ」


 態度が違う気がすると思ったが、それは間違ってなかったらしい。

 先程の使用人がやけに丁寧な態度だったのは、昨日の一件が有ったからと。

 領主に使える使用人としては、主人にとって恩義がある相手に無礼は出来ないと。


「俺は別に、俺がムカついたから動いただけだぞ」

「ミク様が私共の為に動いたのでなくとも、街の被害を抑えられたのはミク様です。貴女の考えがどうであろうと、私共が貴女への恩義を胸に抱いて礼を尽くすのは当然の事。ミク様は何もお気になさる必要は有りません。これは私共が勝手に恩義を感じているだけの事ですので」


 ・・・何というか、クソ真面目というか。

 昨日・・・もう一昨日か。あの夜も少し思ったが、彼女は割と頑固だな。

 だからこそ、辺境の領主館で使用人なんて出来るのかもしれないが。


「これは別に、私だけがそう思っている訳ではありませんよ。騎士も兵も、街の住民達も、ミク様に感謝しております。本当に、心から」

「そうか。まあ好きにしろ。次も助けてくれると期待するなよ」

「勿論です。アレは本来、領主館に勤める騎士と魔術師達の仕事です。今回はミク様が偶々辺境に居られて、偶々私共を助けてくれただけです。なら次も、等と言う者は、感謝と押し付けをはき違えた愚か者は、この屋敷には必要ありません」


 目がマジだな。笑顔だけど、冗談じゃないなこれは。

 にこやかな笑顔なのに、全く穏やかさが無い。

 ・・・まあ、それぐらいでないと、ここで勤めるのは無理か。


 メボルも言ってたしな。本来なら寒い時期も毎年負傷者が出るって。

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