第361話、ぐっすり

「ああ、しまった、もう一つ話し忘れていた。まだ少し混乱している様だ」

「ん、なんだ?」


 領主はハッとした顔を見せ、気まずそうに頭を掻きながら告げる。

 だがもう話す様な事は無いと思うんだが。何かあったか?


「今回の騒動、外交官の件に無関係とは思えん。あんな馬鹿げた力、呪いの道具が使用されたと見て良いだろう。アレは一般人が手にする可能性が無いとは言えないが、気軽に手に入る物でもない。まさかこんなに早く、本当に呪いの道具で仕掛けて来るとは思わなかったがな」

「ああ、そういえばそうだな。だが証拠が無いだろう」


 領主の言う事は解る。だが今回の件は、現状あの女が暴れただけだ。

 となれば個人で呪いの道具を手に入れて、うっぷん晴らしに暴れたと言えばそこまでの話。

 例えばこれが敵国の兵士が死を覚悟してなら兎も角、アレはそうでもなさそうだったからな。


 そういえば結局、あの女は誰だったのか。俺の事を知っていたみたいだが。

 まあ良いか、別に。身の丈に合わない物を持ち、自滅して死んだ奴の事など興味がない。

 あの女は俺の気持ちが解ると言っていたが、その先に死が待つ力など俺は要らん。


「そうだな。だがこのまま泣き寝入りするつもりは無い」

「だろうな」

「ただその前に、貴殿の動きを出来れば教えておいて欲しいと思ってな」


 俺の動きか。そう言われても、現状俺はどうする気も余り無い。

 今回暴れていた女は、俺を待っていたと言っていた。

 俺の事を以前から知っており、組合や辺境の事も知っている風だった。


 となれば今の俺にとっては、あくまで個人との喧嘩でしかない認識だ。


 繋がりが確実となれば、すぐにでも仕掛けに行くのもアリではあるがな。

 証拠とは言ったが、国が証明する様な証拠は俺には必要ない。

 ただ事実として繋がりが有ると、俺が解ればそれで良い。


「俺の動きは今言った通りだ。特に動く気は無い。向こうの兵士が仕掛けて来たというのであれば別の話だが、あの女はどうもこの街の住民の様だったぞ」

「そうなのか? その辺りの報告はまだ届いていないな。とりあえず被害状況と、事態の収束した報告のみでな。まあ、明日にでも周辺の者からの聞き取りをさせるとしよう」


 そうするしかないだろうが、もし裏に誰かが居るならもう逃げていそうだな。

 街中に居れば、あの道具の暴走に巻き込まれる可能性もある。

 まあ、俺が考える事じゃないか。今は特に、凄く疲れているので考えるのが面倒くさい。


「悪いが、その辺りの話は諸々が解ってからにしてくれ・・・眠い」

「ああ、すまない。おい、誰かミク殿を客室へ!」


 領主の声で使用人が入って来て、俺を客室へと案内する。

 途中で眠気が異常に増し、気のせいかもしれないが手を引かれた様な。

 そんな曖昧な意識のまま客間へ到着し、すぐに転がって意識を落とした。


 意識を一瞬で落したせいか、翌朝目が覚めた時は瞬きをした様な感覚だった。


「ふああああぁぁあぁぁぁ・・・うみゅ・・・んー・・・」


 体を起こすと大あくびが出て、出すつもりのない良くわかない呻きが漏れる。

 眠い。物凄く眠い。あと体が重い。やけに脱力感がある。

 こんなにだるい朝は初めてだ。起き上がって何だが今すぐ寝たい。


 いや、何故起き上がる必要があるのか。別にこのまま寝て何が悪い。

 眠いのだから寝て良いだろう。別に起きなければいけない理由は何も無いのだし。


『すぴー、すぴー』


 隣で精霊の寝息が聞こえる。目は空けていないが寝ているのが解る。

 コイツが気持ち良く寝ているというのに、俺が頑張って起きる理由が無い。

 そうだ、俺は寝て良いはずだ。寝よう。それが良い。おやすみ。


「すぅ・・・」


 本能のままに寝転がり、柔らかいベッドに体を預ける。

 するとあっという間に眠気が襲って来て、意識が一瞬で落ちて行く。

 心地良い微睡みの時間も悪くないが、今はこの猛烈な眠気を解消したい。


 素直に意識を落として、自然と目が覚めるまで寝続けた。

 そして目が覚めた頃には―――――。


「・・・朝だな?」

『すぴー・・・すぴー・・・』


 すっきりした目覚めで体を起こし、窓を開くと朝日がさしている。

 ただ気になるのは、朝日の位置がかなり低い事だろうか。

 良く覚えていないが、一度起きた時は既に窓から明かりがさしていた様な。


 いや、どうだったか。本当の事を言えば覚えていない。眠かったし。

 そんな風に悩んでいた所に、コンコンとノックの音が響いた。


「入って良いぞ」


 返答をするとゆっくり扉が開き、使用人が何故かホッとした顔を見せた。


「おはようございます、ミク様。お身体に問題は有りませんか?」

「ん? 特に何も無いが・・・」


 あえて言えば、まだ少し体がだるい感じがするぐらいか。

 眠気は完全に消えたようだが、疲労は取れなかったらしい。

 それだけの無茶をした、という事なのだろうな。


「そうですか、よかった。二日も寝られておりましたので、心配致しました」

「・・・二日?」

「はい、余りに返事が無く心配になった私が入っても、起き上がる様子がございませんでした。余程お疲れなのだと思い、無理に起こさない方が良いと思ったのですが・・・起こした方が宜しかったでしょうか」

「・・・いや、気遣い感謝する」


 朝日の位置が低い訳だ。翌朝まで眠っていたのか。

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