第360話、牛の様子は

 どれだけそうしていただろうか、領主の祈りはコンコンとノックの音が鳴るまで続いた。

 音に反応して立ち上がった領主が答えると、茶と菓子を持った使用人が入って来る。

 カップの数は三つ。俺と領主の前に置き、最後に精霊の前に置いた。


 おい、お前やっぱり見えてないか。どこで精霊が来た事に気が付いた。

 というか完全に精霊の位置把握して置いただろ今の。


『ここのお茶美味しいから好きー・・・はふー・・・』


 精霊は特に気にせずに茶を飲み、傾くカップに使用人は満面の笑みだ。

 まあ良いか。気にするだけ無駄な気がして来た。

 人の『好きだ』という欲求は、時として訳の分からない力を発揮するからな。


「では、失礼致します」

「ああ、ご苦労」


 そうして使用人は腰を折って出て行き、領主も一口茶を含む。


「すまない、待たせてしまった」

「別に気にしていない。突然やるから面食らったがな」

『お菓子も美味しいから大丈夫!』


 どうやら気分は落ち着いたらしい領主は、少し恥ずかしそうにしている。

 完全に、思わずやってしまった、という感じだったのだろうな。

 それだけ領主にとっては、今回の件は大きかったという事だろう。


 これで名実ともに、領主の中では『守護神』の様な存在になっただろうな。

 いや、元々辺境を守護していた訳だし、今回の件で更に思いが強まったと言うべきか。


「彼はあの山奥から、ここの様子が解るんだな」

「多少は解っているみたいだが、そこまで詳しくは解ってないぞ、アイツ」

「そう、なのか?」

『牛は結構大雑把だよー? もぐもぐ』

「あの位置からでも砦は見えている、というよりも感じている様だが、領主殿の存在に関しては知らなかった。街に生きる人間の細々等解っていない。ただ今回は動いた力が大きかった」

「なるほど、強大な力が動いたが故に、目印になったという所か」

「おそらくはな」


 俺が頻繁に話していた頃の牛は、辺境の街中の話を楽し気に聞いていた。

 それは俺が話したかった訳ではなく、牛が聞きたいと言って来た事だ。

 つまり牛は、何となくは見えているが、細かい所は解っていない。


 ただ辺境の砦が、大事な友人お墓が無事かどうか、という事だけが解っている。

 修繕の為の破壊に関しても、何となく察せられるらしい。

 だから今回は本当に特別な行動だ。怒りと殺意を持った牛の報復だ。


「・・・そうだ、今更思い出したんだが、彼は回復の為に寝ているはずだ。今回の様な事をして大丈夫なのだろうか。無理をしていなければ良いんだが」

「どうだろうな。あの牛ならうまくやりそうだが・・・いや、墓の事に関しては別か」


 地中深くから感じた力は、凄まじい怒りと殺意を放っていた。

 恐怖を感じて背筋が寒くなるぐらいに、牛からの威圧感が放たれていた。

 自分の状況などお構いなしの怒りの一撃。印象としてはそんな感じだ。


 となると、自分の状態などガン無視で放った可能性も有るな。


「ミク殿、今の貴殿に頼むのは心苦しいのだが、また彼の様子を見て来てもらえないか」


 チラッと俺の腕を見てから、本当に心苦しそうに頼む領主。

 とはいえもし牛が起きているのであれば、俺にとっても都合がいい。

 俺が辺境から動いていないのは、強くなる為に動く利点が無いのが理由だからな。


 小人は全く役に立たなかったが、牛なら何か有効な手段を知っているかもしれない。


「解った。俺も牛に用が有るし、構わん。ただし明日な。今日はもう眠い」

「勿論だ」

「だが牛が起きているとは限らんぞ。今日の行動で消耗して、更に深い眠りに入っている可能性もある。むしろその可能性の方が大きいだろうよ」

「その時は仕方ない。無理に起こす必要はない」

「解った。なら今日はもう寝かせて貰う」

「いや、待ってくれミク殿。最後に一つ」


 話は終わったと立ち上がると、領主がそれを留めた。

 だが一つというのであれば、座る必要は無いだろう。

 眼だけを向け、彼に話の続きを促す。


「今回の件、確かに解決は彼の力だったのかもしれない。だが貴殿が向かってくれなければ、死者は更に増えていた。貴殿に手を出す理由はなかった相手のはずだ。故に、やはり感謝を」


 牛の事を別としてと、真剣な表情で礼を告げる領主。

 全く律義な事だ。手を出す理由は、まあ本来は確かに無かったが。

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