第358話、恐怖と覚悟

「―――――の、ミク殿・・・流石にお疲れか」

「んっ、あ、すまん、寝ていたか」


 しまった、余りに揺れないから乗り心地が良く、眠ってしまっていたらしい。

 顔を上げると既に領主館の玄関前だった。思っていた以上に疲労している様だ。


「お気になさらず。アレだけの戦いをしたのです。お疲れで当然でしょう」

「見ていたのか?」

「いえ、直接拝見する事はしておりません。私は避難誘導をしておりましたので。ですがアレが見えていました。上空に渦巻く不気味な塊が・・・恥ずかしい話ですが、足が竦みました」


 成程、遠くから戦いの様子は感じ取っていた訳か。

 誰が戦っているのかは知らず、終わってから俺が居たと知った訳だ。

 彼女は若い女騎士の様だし、死ぬには早いと後方に回されていたのかもしれんな。


「恐怖して何が恥ずかしい。自分より強い存在を恐ろしいと思うのは当たり前だろう」

「・・・ミク殿程の強さをお持ちでも、恐怖をされるのですか」

「当たり前だ。俺は俺より強い存在を知っている。俺を殺せる存在を知っている」


 メラネアと戦った時は死を覚悟した。アレは間違いなく恐怖を感じていた。

 牛と初めて出会った時は、その力の強大さに見ただけで気圧された。

 狐の本当の姿を見て、ただそれだけなのに脅威を感じた。


 今回の呪いの杖もそうだ。そして何よりも、一緒に居る精霊の力を恐れている。

 怖い物だらけだ。考えれば考える程、他にも脅威の可能性は思い浮かぶ。


「―――――俺は、何時だって恐れている。恐れているから、強くなろうとしているだけだ」


 死ぬ覚悟は以前からしている。だが覚悟している事と、受け入れる事は別の話だ。

 俺の生き方を通す為には、命を懸ける必要が有ると解っている。

 なら俺の願いなど届かずに、なにも成せずに死ぬ事も起こりえるだろう。


 その覚悟は本当にしている。無駄死にする覚悟も、無様に死ぬ覚悟も。


 だがそれでも、生きる為に、抗う為に、理不尽を砕く為に。

 やっと『生きている』生を続ける為にも、俺は強くならなければいけない。


「・・・ミク殿は、本当にお強いですね」

「お前達よりはな」

「ふふっ、そうですね」


 俺の返答が見当違いだと思ったのか、女騎士は本当におかしそうに笑った。

 勿論何を言いたかったかは解っているし、ズレた事を返したつもりも無い。

 強さという一点で言えば、あの状況で逃げずに出動出来た女が何を言うのか。


 例え後方の避難誘導とはいえ、戦闘が見える距離に居たんだ。

 それは死の覚悟が要る行動だ。義務に準じる人間の行動だ。

 この女騎士は、自分で思っている程弱くはない。


 だからと言って、態々そこまで説明するのは面倒なのでやらないが


「ミク様、お帰りなさいませ」


 そんな会話をしていると領主館の扉が開き、何時もの使用人が出迎えた。

 やけに穏やかな笑みを俺に向け―――――次の瞬間顔が強張った。

 どうかしたのかと彼女の視線を辿ると、その先に有るのは俺の右腕。


「ミク様、その腕は・・・!」

「これなら問題はない。治療は終わっている」

「っ・・・そうですか、申し訳ありません。取り乱してしまいました」

「気にするな。血まみれで来たら当然だろうよ」


 しかし、俺も馬鹿な事をしたものだ。せめて装備を着て行けば良かったのに。

 それなら指や腕の骨折も、もう少し抑えられた可能性が有る。

 頭に血が上り過ぎていたな。腹が立ったからと言って軽率な行動が過ぎた。


「領主は起きているか?」

「はい、勿論でございます。ミク様のお帰りをずっと待っておりますよ」

「そこは普通、騎士達の帰りだと思うが・・・」

「事態の収束は既に通っております、後はミク様のお帰りを待つだけでした」


 どのタイミングで報告を入れたんだ。支部長に蹴りを入れてる時か。

 俺の迎えと報告を同時に出したなら、確かに残りは俺だけか。


「案内してくれ」

「はい、畏まりました・・・精霊様はいらっしゃらないのですね」

「―――――まさか、見える様になったのか?」

「いえ、ミク様が何も無い所に視線を走らせておりませんので、そうではないかと」


 何処まで良く見ているんだこの使用人。ちょっと怖いぞ。

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