第354話、誰の喧嘩か
「ひっ・・・!」
始めて女から悲鳴が上がり、足が一歩後ろへ下がった。
だが下がった先にも精霊の魔力を感じ、後退は一歩で終わる。
周囲を囲む魔力を再確認する様に、焦った様子で頭を何度も横に振って周囲を見ている。
「な、何なのよこれは! ふざっ、ふざけるなぁ! 何なのよ! 何なのよ! こんな、こんなっ、馬鹿げてるでしょうが! こんな魔力、こんなの、ふざけるなぁ!!」
そして最早何を言いたいのか解らない叫びを口にし、表情は引きつっている様に見える。
崩れているのでやはり解り難いが、声音は完全に怯えのソレだ.
自分の持つ杖が作り上げた暴力的な魔力。それを更に上回る魔力を感じているせいだろう。
『―――――』
精霊は何時もの陽気さを感じさせない瞳で女を・・・いや、女の杖を見ていた。
杖もそれを感じ取ったのか、女以上に焦ったかと思う様な魔力の波を見せる。
ドクン、ドクンと、跳ねる様な魔力の波の感覚が、段々短くなっている。
「がっ・・・あ・・・な、何を、ぎが・・・あ・・・!?」
すると今度は突然女が苦しみだし、女を覆う魔力が更に濃くなり始めた。
そしてその魔力が、上空に生まれた魔力へ更につぎ込まれていく。
どうやら使い手の意思を越えた挙動をし始めた様だ。
いや、元々使い手の意思など無かったのかもしれないな。
あの女は明らかにおかしかった。おかしくさせられたんじゃないだろうか。
となれば結局最初から最後までこの騒動は、あの杖自身が引き起こした物なのだろう。
そして杖は、女を使い潰す事にしたらしい。遊んでいては勝てないと判断して。
崩れた顔は更に酷く崩れ始め、声にならない呻きを漏らしながら血を吐き出している。
『―――――』
精霊達はそれを見た瞬間一斉に動き、渦巻く魔力にとびかかって行った。
それは例えるなら蟻の様な、餌に群がる蟻の様な光景。
膨大な魔力の渦に、隙間なく覆いかぶさる様に、自分達の上から更に乗る様に。
魔力が完全に包み込まれると、その大きさがどんどん小さくなっていく。
最後には完全に消えてしまったのか、精霊達はボトボトと落ちて来た。
そしてむくりと起き上がると、無言で杖に殺意を向ける。
「・・・ちっ」
そこで俺は正気に戻った。ああくそ、畜生。
解っていた。あの精霊が化け物な事は、解っていたはずだ。
だが初めて力の差を正確に目の当たりにし、完全に気圧されていた。
精霊のやる事を呆然と眺めてしまっていたが、正気に戻ったならそうはいかない。
「おい、俺の喧嘩にこれ以上手を出すな」
俺が飛び込んで、俺から仕掛けた喧嘩だ。相手は俺を待っていたらしいが関係ない。
これは俺が先に殴りに行った結果だ。虐められている訳がない。
むしろ負けそうだから助けてと言う様な、厚顔無恥な真似など出来るか。
それは俺が殴り飛ばして来たチンピラ共と同じだ。
喧嘩を先に売ったくせに、負けると被害者面の連中と同じだ。
あんな無様な真似をする気は無い。アレと同類になる気は無い。
『違うよ、妹』
「なに?」
『妹の喧嘩は、兄の喧嘩だもん。それに―――――』
ぞわりと悪寒が走った。目の前の杖の脅威に? 違う。精霊の威圧に? これも違う。
下だ。地面から何かを感じる。違う、もっと、もっと奥の方からだ。
地中深くから凄まじい力を感じ、そしてその力に強い怒りと殺意を感じた。
『―――――うしも怒ってる』
その怒りと殺意をぶつける様に、地中から現れた土の槍が女と杖を貫いた。
女は穴だらけになって血を吐き、杖は全ての石が綺麗に貫かれている。
大きな石だけは貫かれてもまだ生きているのか、魔力を放って抵抗し始めた。
だがそれも無駄な抵抗だと言わんばかりに、土が握り砕く様に絡み付く。
放たれる魔力ごとぶち壊すと、力ずくで砕きに行っている。
杖は抵抗して魔力を放っているが、全く意味を成していない。
「・・・ちっ、それなら譲るしかないか」
あれは牛の仕業だ。砦を破壊し始めた存在への、怒りの攻撃だ。
確かに一番最初に仕掛けられたのはアイツだろうよ。なら牛の喧嘩で間違いない。
しかしこの距離でも攻撃できるのか。全く、本当に、どいつもこいつも強すぎるな。
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