第353話、相打ち

「――――――わよ! 何で、何で!? こんな事が許されるの!? おかしいでしょ!」


 女の叫び声が聞こえる。煩いな。こっちは疲れているんだ。

 酷い疲労感が眠気を誘い、叫び声が耳に入っても瞼が開かない。

 何故か起きる気が湧かないから良いが、安眠の邪魔など普段なら殴りに行ってるぞ。


「殺す! 殺す殺す殺す殺す! こんなふざけたクソガキ、絶対殺してやる!」


 勝手にやれば良いだろう。俺には関係の無い事だ。好きに殺せばいい。

 しかし壁が薄いな。こんなにも人の叫びが近くに聞こえ―――――。


「ぐっ・・・寝ぼけるのは、まだ早いだろうが」


 そこで自分が倒れている事に気が付いた。

 くそ、体が重い。起こそうとすると全身が痛い。

 あれだけ全力でやって打ち負けたのか。くそったれ。


 だが生きている。生きているという事は、完全には負けなかった訳だ。


「これは酷いな・・・」


 身体は無事か確認しすると、殴る為に使った腕が折れていた。

 指も全部変な方向に曲がっている。吹き飛ばなかっただけましと思うしかないか。

 しかし気を失ってからどれだけ経った。死んでないという事はほんの少しだと思うが。


「あの女は・・・意外と距離が有るな」


 叫び声が随分はっきりと聞こえたから、もっと距離が近いと思っていた。

 だが実際は結構離れていて、女の叫びが煩すぎて距離を勘違いしたらしい。

 どうやら結構吹き飛ばされたみたいだな。ふざけた威力だ。


 だがあの魔力の渦は無い。何とか消し飛ばす事は出来たらしい。

 これなら少し余裕があるかと、無事な方の手で折れた腕と指を無理やり戻す。


「うぎ・・・ぐぅ・・・」


 激痛が走る。これだけの大怪我をしているのに、痛みがマヒしてないのか。

 それでも我慢して指をある程度真面な方向に曲げてから、循環を全力で使う。

 暫くするとかゆみの様なものを感じ、それからゆっくりと痛み以外の感覚が戻って来た。


 その間も女は何やら叫んでいる。俺を殺すと言いながら、その行動はまだ起こさない。

 何がしたいのか良く解らんな。やはり脳が壊れているのかもしれない。

 段々言っている事が支離滅裂になっている気もするしな。


「手甲を付けて来るべきだったな・・・」


 手が治ったのを確認してから、疲労感を無視して循環を維持。

 そして錯乱している女を殴り飛ばす為に一歩踏み出し―――――膝から崩れそうになった。


「ぐっ、くそ・・・!」


 思わず悪態をついた瞬間、ぎょろりと女の目がこちらを向いた。

 先程まで叫んでいたとは思えない、心底嬉しそうな表情を見せながら。


「あっは。そう、そうよね、流石に化け物でも、あれだけ頑張ればそうなるわよね。腕は自分で治しちゃったんだ。流石化け物よね。でも2発目は、同じ事が出来る?」

「・・・一度出来たんだ、出来ない訳無いだろう」

「あははははは! そんな強がり言っちゃって! ふらついてたの見たんだから! 化け物がふらついたのよ! 崩れかかったのよ! 余裕なんて無いに決まってるじゃない!」


 女が杖を手に近づいて来る。杖からは相変わらず禍々しい力を感じる。

 しかもその力の波が衰える様子が無い。むしろ最初より強い様な。

 あれだけの一撃を放って尚余裕があるのか。化け物は一体どちらだろうな。


「じゃあさ、見せてよ。試させてよ。もう一回やるからさぁ!」


 そして杖は俺の思考に応える様に、女が空に掲げたのと同時に力を迸らせる。

 上空に先程とほぼ同じ程度の魔力の渦。嫌になるな。こっちは本当に無理をしたんだぞ。

 まあ、弱音を吐いても仕方ない。一回出来たんだ、もう一回ぐらいは出来るだろうよ。


「っ、なに、この、魔力・・・何、この数・・・今度は何をしたのよ、クソガキィィ!」


 だが女はその魔力を放つ事無く、驚愕に満ちた顔で周囲を見渡す。

 いや、驚きというよりも怯えだろう。崩れて解り難いがアレは恐怖の表情だ。


『妹を虐めたのは、お前か』


 周囲を埋め尽くすかと思う程の精霊に囲まれ、殺意を込めた魔力に怯えた顔だ。

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