第350話、義務を

「ミク様、行かれますか?」


 一番近かった窓から街の様子を見ていると、使用人が声をかけて来た。

 深夜だと言うのに使用人服なのは、着替えたのかまだ仕事をしていたのか。

 どちらにせよ勤勉な事だ。動き回っている他の連中も含めてな。


「騒動が起きる前に動くつもりだったんだが、もし敵国が俺を狙って来たなら、組合を襲撃する意味が無い。となると、俺に関係ない可能性が有るだろう。なら動く意味は無いな」

「承知致しました。ですが動かれる際は、お気になさらず」

「・・・一応領主に伝えてから動くつもりだったんだが、良いのかそんな判断を口にして」


 彼女は優秀な使用人ではあるだろうが、あくまでそれは使用人としてだ。

 街の騒動に判断を下す立場には無いだろう。下手な事を言えば咎があるはず。

 だが使用人は特に気にした風もなく、ふわりとした笑顔を見せた。


「お気遣い頂き有難うございます。ですが旦那様は、ミク様が動かれる事も事前に想定しておりました。動かれた場合は、その報告をする様にと指示を受けております」

「何処までもお見通しだな」


 割と思い付きで動こうと考えていたんだが、それすら想定内とはな。

 それぐらいでないと、こんな所で領主などやってられんか。


「まあ、どちらにせよ俺に関りが有るまでは―――――」


 動く気は無い。その言葉を出す直前に、また衝撃音と振動が響いた。

 今度はちゃんと見ていた。反射的に視線が動いた。

 暴力の様な魔力が形を持ち、純粋な質量となって降り注いだ。


 だが、何か違った。ぱっと見はそう見えたが、何かが違うように感じる。

 禍々しいとでも言えば良いのか、魔力以外の何かの力が込められていた。


「・・・一つ聞きたい。あそこに何か重要な建物などあったか?」

「・・・私が知る限りは、民家しか無かったかと」


 破壊された位置に何も思い出せなかった俺に問いに、重ねる手に力を込めながら答える使用人。

 声音も表情も平静を保っている様に見えるが、その手の力では誤魔化せていない。

 恐怖では無いな。怒りだ。彼女の目の奥は、静かな怒りが燃えている。


「頼まないのか、俺に」

「何をでございましょう」

「俺ならアレに対抗出来るぞ」

「そうかもしれません。ですが必要は有りません。街中の騒動でしたら衛兵の仕事であり、衛兵で対処出来ないなら騎士の仕事でございます。年端も行かない少女の仕事ではございません」


 本当に、出来た使用人だ。領主といい、彼女といい、本当に強すぎる。

 俺が自主的に動く事は構わないが、俺に頼むのは筋が違うと。

 それは自分達の仕事。街を守る者達の仕事だと。


 これだけの怒りを目に見せながら、それでも筋を通し続けるか。


「おそらく死人が出るぞ。いや、もう出ているだろう、あれじゃな」

「そうでしょうね。心苦しい事です」

「騎士達も死ぬぞ」

「それが彼らの役目です。その為に彼らは居ます。死ぬ覚悟の無い者が騎士になるべきではありません。少なくともこの辺境では。彼らは常に、老衰を諦めた者だからこその待遇を受けているのですから。結果として生き残る事は有っても、死地に赴く事は彼らの義務です」


 義務、ああ、そうだな、義務だ。彼らはその為に訓練をして、戦場に赴く。

 それは人間同士の戦争だけの話ではない。辺境では魔獣の脅威が大きい。

 ならば平穏に過ごせる他の土地よりも、死が身近に存在している。


 戦って戦って、結果として生き残る事は有っても、死地から逃げ出す事は許されない。

 その為に高い金をかけて鍛錬をし、装備を整え、給金が払われているのだから。


「そうだな、死ぬのが奴らの仕事だ」

「はい。その通りで―――――ミク様!?」


 窓から身を乗り出し、足をかける。

 ここからなら、全力で飛べばすぐだな。

 背後で叫ぶ声が聞こえたが、気にせず踏み込んで飛ぶ。


「義務の果てに死ぬ。ああ、そうだ、それが奴らの仕事だ。それに腹が立つのは、やはり理不尽な話なんだろうな。俺と違って理不尽な目に遭ってないんだからな。だが、知った事か」


 ただ苛ついた。義務で死ぬ連中が。その真面目さが。

 まるで過去の自分を見ている様で、どうにも腹立たしい。

 ならやる事は決まっている。今すぐアレをぶん殴りに行く!

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