第349話、悪寒

「―――――っ!」

『すぴー・・・すぴー・・・』


 深夜、嫌な気配を感じて跳ねる様に体を起こし、周囲を見回す。

 けれど近くに異変の類は無く、ただ静かな闇夜しかない。


「・・・夢、でも、見たか?」


 いや、夢でここまで体が反応するだろうか。

 今のは反射だ。俺の経験や技術とは別の所にある反射行動。

 ならば間違いなく『俺』が警戒する何かが在ったと思った方が良い。


「まさか、な」


 領主の話が頭にちらつく。強大な力を持つという呪いの道具の事が。

 だが外交官が急いで国元に返り、更に急いで連絡を取っての今だ。

 そう考えると余りに動きが早過ぎる。仕掛けるのは早計が過ぎるだろう。


「・・・自信があるのだとすれば、話は別か」


 俺とメラネアが王都を襲撃したように、領主が俺達の先行を許した様に。

 襲撃を成功させる自信が有るのであれば、迅速な行動はプラスにしか働かない。

 たとえ相手が精霊付きでも何とかなると思っているなら、何もおかしな行動では無いか。


「さて、もし本当に襲撃に来たのであれば、待ってやる必要はないが」


 感じた嫌な気配が襲撃者の物であれば、既に街中に入り込んでいるという事になる。

 いや、恐らくは襲撃者本人よりも、呪いの道具とやらから感じた可能性が高いな。

 そしてあの感覚は・・・メラネアを相手にした時と似た怖気を感じた。


 つまり、死ぬ可能性のある相手という事だ。全く笑えんな。


「化け物化け物と何度も言われたが、その化け物に対抗する道具が普通に在る時点で、この世界の在り方の方が余程物騒だ。そんな物を平気で運用する人間も狂気の沙汰だな」


 いや、俺とてこの力名が無ければ、呪いの道具に手を出しているかもしれないな。

 強大な力が有れば、それだけ我を通す事が出来る。今までの俺の様に。

 ならば呪われていようと、使い手に害が有ろうと、手に取る人間はきっと居る。


 少なくとも、悪党になる事を決めた今の俺なら、確実に使う。

 権力と理不尽に殺されるぐらいなら、自滅してでも全てを巻き添えにする。


「ちっ、今日はもう、眠れそうにないな」


 身体が戦闘に入っている。脅威を身体だけがしっかりと感じている。

 そのせいでもう眠れる気がしない。転がっていても落ち着かない。

 何時しかけてくるのか解らないが、これからしばらくこんな日が続くのか。


 流石にこれは面倒極まりないな。こうなったら待つのは止めるか。

 こんな気持ち悪い状態を保つぐらいなら、気配を探ってこちらから仕掛ける方が良い。

 街中に物騒な物を持ち込んだ時点で、仕掛けに来たと同じ事だろうしな。


 しかし、こうなるとまた領主が頭を抱えるだろうな。

 あと門兵達もか。検品を抜けてる訳だしな。

 いや、もしかすると見ても解らない類の物なのか。


 単純に武器の形であれば、見ただけでは解らんだろうし。

 俺が脅威を感じ取れたのも、俺の体だからかもしれんしな。


「まあ、考えるのは後だな。とりあえず領主に伝えて、今からでも動――――」


 何をするにしても報告しておくか。そう思った呟きが途切れる。

 一気に膨らんだ怖気と同時に、凄まじい衝撃音と振動が領主館に響いて。

 次の瞬間領主館のあらゆる場所から、人が動く気配を感じた。


「・・・今のは、どこだ?」


 凄まじい音と振動だったが、どこか遠くから響いた感じがした。

 もしや砦の外壁が破壊されたのか。

 それなら尚の事、門兵達ではどうしようも無い話だが。


 取り合えず部屋の外に出て、窓から確認できる範囲に視線を走らせる。


「外壁は無事、だな」


 窓から見える限り、外壁に被害はなく、ただ街中に破壊の跡が見える。

 広範囲に広がる何かをしたのだろう、土煙が街中に大きく巻きあがっている。


「・・・あそこは・・・組合の有る辺り、か?」


 いや待て、何で組合が襲われている。訳が解らん。

 もしかしてこの悪寒は、敵国の話とは関係ないのか?

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