第41話、辺境騎士

 男しかいない上に訓練していたから、当然汗をかいていて匂いが凄い。

 それでもニコニコ笑顔を崩さない使用人は流石だな。


 とはいえこれに近い匂いは、既に護衛依頼の日々で慣れている。

 道中宿に泊まる事が出来ていたとはいえ、風呂に入れていた訳ではないからな。

 女達は気を使って体を拭いていたが、男共は殆どがそのままだった。


 女の体では苦手になるかと思ったが、余り嫌悪感が無いのは魔獣の力のせいか。

 いや、そもそも俺の体には様々な獣が組み込まれている。

 その点を考えれば、俺の体では気にする方がおかしいのかもしれない。


 ・・・勿論、臭いのは臭いがな。


「特に用はない。セムラが砦の中を見学したいと言い出し、案内を受けているだけだ」

「成程、そうでしたか」


 メボル本人は笑顔で俺に応えるが、そんな会話を聞いている騎士達の様子は良くない。

 表情を変えぬ者もそれなりに居るが、眉間に皺を寄せている者が居る。

 恐らく俺のこの男に対する態度が気に食わない、といった所だろう。


「・・・先程私が言った事を、何も学習していない者が居る様だな」

「「「「「っ・・・!」」」」」


 その気配に気が付いたメボルは、殺気すら滲ませた様子でそう言った。

 誰に投げかけられた言葉なのかは、きっと本人達が一番解っているだろう。


「し、しかし――――――」

「黙れ見苦しい!」


 だが言い訳を口にしようとした騎士は、けれどメボルの怒号に遮られた。

 情けなさそうな顔をしていた人物とは大違いだな。中々迫力がある。


「貴様は今レグ様の顔に泥を塗ったのだ! 我が主が客人と定めた方に、その様な態度を見せる事自体が不敬だ! 貴様が睨んだのは彼女ではない! その先に居るレグ様と心得よ!!」

「っ、も、申し訳ありません・・・!」


 領主が客と決めた相手ならば、気に食わずとも敬意を払って接するべき相手。

 もしそれが出来ないというのであれば、領主相手に唾を吐いたのと同じという事だな。


 宿でも領主が友好的に動こうとしていたのに、騎士が台無しにしかけていた。

 もし俺が意味も無く短気な人間なら、あの時点で話は拗れていただろう。

 下手をすると俺が領主を攻撃、なんて未来も有り得たかもしれない。


 主を守る為の護衛が、主を攻撃する理由を作っていた。

 心の鍛え方が足りないと、領主が言ったのはそういう訳だ。


「どはくりょく」

『りょくー』


 ・・・そんな中全く様子の変わらない一人と一匹に気が抜ける。

 所で精霊は菓子を食い終わったようだし、頭の上を軽くでも払ってやった方が良い様な。

 あ、零れたかすを食い始めた・・・ほおっておけば綺麗になるだろうか。


「・・・?」


 精霊が髪をかき分ける感触があるのか、使用人は少し頭の上を気にしている。

 だが精霊が居る、と聞いているからか、手は出さず頭の位置も動かさない。

 本当にプロだなこの使用人。あの騎士は彼女を見習うべきだと思う。


 ・・・いや、何か少し嬉しそうだな。もしやさっきの物語の話は本音か。


「誠に申し訳ありません、ミク殿。これも全て、私の至らなさが原因です」


 メボルは騎士が黙ったのを確認すると、また俺に頭を下げて来た。

 その姿を見た騎士は、何とも辛そうな表情を見せている。

 あの騎士はメボルを慕っているんだろう。だからこそ俺を睨んだ。


 そしてその結果、慕っている人間に頭を下げさせてしまった。

 下手に自分が処罰を受けるより、余程きつい処罰になっているだろうな。


「俺は何も気にしていない。別に何をされた訳でも無いしな」

「・・・寛大なお言葉に感謝を」


 メボルは客室でみせた時と同じ様に、また深く頭を下げてから告げる。

 本当に俺は何も気にしていないんだがな。睨まれただけだし。

 手をや口出してきたなら兎も角、俺にとっては何もされていないのに等しい。


 ・・・こいつ、本当にその内胃に穴でも空いて死ぬんじゃないか。


「・・・だがそうだな、貴様が気に食わないのは、俺の力を信用出来んからだろう。今後もこの男に事ある毎に謝罪されるのも面倒だ。力を見せてやるからそれで納得しろ」

「なっ!?」


 俺の発言にメボルが驚き、使用人と騎士達も驚いた顔を見せる。

 ただセムラはニマーッとした笑みで、解っているみたいな空気を出していた。

 何か少しむかつくな。絶対お前の考えている事は勘違いだぞ。


「ミク殿、その様な事をされる必要はありません。いえ、むしろ何故その様な事を・・・」

「今言っただろう。いちいち謝られるのが面倒だと。それだけだ」


 うん、面倒だ。ただ面倒なだけだ。

 だから解り易い解決策を取っただけに過ぎない。

 その証拠に騎士達からは、侮られたという様子が見える。


 先程は表情を変えなかった騎士も、今も変えてない騎士からすらも。

 俺がどれだけ強いと聞かされていようと、所詮小娘という想いがあるんだ。

 むしろそれが当然で、メボルの様な男の方が珍しいのだと思うがな。


 領主は別枠だ。アレは強さではなく、管理の方に重きを置いている。

 だから目の前の少女が強者と言われれば、そうなのかと納得するだけだ。

 勿論その事実の確認をしていれば、という前提ではあるだろうが。


「連中もやる気の様だ。貴様に異論がなければ、軽く相手をしてやるが」

「「「「「っ・・・!」」」」」


 全く解り易い。軽くという言葉に反応している。

 そんな騎士達を見たメボルは、小さな溜め息を吐いた。

 だがその後は答えを決めたのか、しっかりとした表情を俺に向ける。


「お手柔らかにお願い致します」

「領主との約束があるからな。加減はするさ」

「・・・宜しくお願い致します」


 俺の一言一言に反応する騎士達に、メボルは少し失望を見せていた。

 それは俺の力量を見極められない事か、それとも客人に対する態度のせいか。

 もしくはたとえ挑発されたとしても、見た目が少女の相手にいきり立っている事か。


 何にせよこうなってしまえば、力を見せるまで連中は納得しないだろう。

 そして見せてさえしまえば、メボルが態々謝る様な事態も減るはずだ。


「さて、それじゃ最初は誰だ」

「・・・私から行かせて貰う」


 先程叱られた騎士が真っ先に前に出て、木剣を手に持ちそう宣言した。

 なので即座に殴りかかって、騎士は反射的に構えようとしたがもう遅い。

 既に俺の拳は顔に届いており、そのまま振り切って騎士が吹き飛んでいく。


 もんどりうって倒れ、そのまま動かなくなった。

 加減したから死んではいない。骨も多分ひび程度のはず。


「なっ、何を!」

「ひ、卑怯な!」

「貴様ぁ!」


 何を言ってるんだこいつらは。

 構えてよーいどんでやるつもりだったのか。

 馬鹿か。それで良く騎士など名乗れるな。


 いや、どこぞの世界の騎士はそうだったな。

 よーいどんでしか戦えない騎士が多い世界もあった。

 だがこの魔獣はびこる世界でそれは、余りに甘すぎる思考だろう。


 それに相手が魔獣で無くとも、敵はこちらの事情など鑑みてはくれない。


「貴様らは領主を襲ってきた賊に対しても、そうやって卑怯だとぬかして騒ぐのか。敵なんて物はどんな手を使って来るか解らん。そんな温い思考でいるなら戦闘職など辞めてしまえ」


 少なくとも、魔獣はこっちが構える事など待ってはくれない。

 むしろ気を抜いている所を襲う。命のやり取りとはそういう物だ。

 だというのに、いざという時に戦う騎士が不意打ちで卑怯?


「余り俺を馬鹿にしてくれるなよ。その程度の気概と能力で、俺と戦えると思っていたのか。次はどいつだ。そんな下らん考えで挑む様な性根を叩き潰してやる」


 殺し合いの世界を知っている身としては、この騎士達に腹立たしさしかない。

 その程度で良く人を舐められたな。自分の実力に自信を持てたな。

 ゲオルドとセムラなら、今の一撃程度は対応して見せるぞ。


 怒りを滲ませ告げる俺に対し、騎士達のうち数人は少し怯んだ。

 だが大半は悔しげな表情を見せ、気合いを入れ直した様に木剣を握る。


「それで、次はどいつだと聞いたんだが、来ないのか」

「ふっ!」


 自分が行く、等と言う宣言無く斬りかかって来た。

 だが遅い。それで不意打ちなどしたつもりか。

 そもそも正面で見て居た時点で、呼吸と動きがバレバレだ。


 上段から振り下ろされる剣を半身で躱し、驚愕の表情を見せた顔面に拳を入れる。

 その一撃で意識は刈り取られ、騎士はその場に崩れ落ちた。

 鼻が少し曲がってしまった様に見えるが、治癒魔術がある世界だし大丈夫だろう。


「次はどいつだ」


 この段になってやっと、騎士達の表情に警戒が浮かんだ。

 目の前の少女は、決して舐めてかかって良い相手でないと。


「・・・判断が遅い」


 思わずそんな呟きを漏らしながら、挑んで来る騎士達を叩き伏せ続けた。

 練度が低い、とまでは言わんが、心を戦闘に作り替えるまでが甘過ぎる。

 恐らく最初から構えていればそれなりだったのだろうが、出来るなら最初からやれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る