第42話、訓練内容

「終わったか・・・」

『うおー! 妹よ良くやったー! 兄は鼻が高い!』


 俺の足元には騎士達が死屍累々と転がっている。

 誰一人と俺に触れる事も出来ず、だが最初の二人以外は一撃で沈みはしなかった。

 つまり戦う心づもりで戦えば、それなりにきちんと戦えたという事だ。


 それでも相手にはならず途中から一人ずつを止めさせ、一気にかかって来させたが・・・。


「確かにこれなら、魔獣と戦う事も出来るな」


 一人一人の実力はそこまで高いとは感じなかったが、その代わり連携力があった。

 毎日共に訓練をし、隣に居る人間を良く知り、同じ技術を知る者同士の特性だ。

 下手をすれば個で強い者よりも、騎士の方が獣狩りは上手い可能性まで感じた。


 数と連携という物は強い。効果を発揮すれば本当に強い。

 だがその連携をもってしても、俺には通用しないという事実。

 それは連中に少なくない驚愕を与えただろう。同時に俺も少し驚いたが。


 流石に数発ぐらいは貰うつもりだったんだが、一撃も被弾しないとは。

 改めて自分の能力の高さを自覚し、だが安心は出来ないとも思う。

 今回は正面からやりあったから勝てただけだ。罠が有れば結果は解らん。


 とはいえその場合は、俺も肉弾戦を止めて別の手段を使わせて貰うが。

 魔術的な物を使える事は、最初に精霊を吹き飛ばした事で確認済みだからな。

 魔力の練り上げも別段当たり前に出来るし、何なら殴る際に腕に纏う事も出来る。


 今の所やった事は無いが、多分やったら固い武器を正面から殴る事も出来ると思う。


「さて、この惨状な訳だが、治療は問題ないか?」

「はい、砦には魔術師隊も詰めておりますので、治療に関しては問題ありません。治癒術が得意な者も居りますので、この程度の怪我でしたら今日中に治ります」


 メボルに訊ねると、やはりと言うべきか魔術師の存在を告げられた。

 ただ言い方から察するに、騎士と魔術師は別所属っぽいな。

 どうも接近戦技術も鍛えながら魔術も鍛える、という人間は少ないと見える。


 ヒャールがその典型だったしな。まあ少ないだけで、居ないとは言い切れないが。


「う、ぐ・・・? なっ、いづっ・・・な、なんだ、これ、は」


 そこで最初に殴り飛ばした男が意識を取り戻し、頬を抑えながら驚いた顔を見せた。

 ただ驚きが強すぎたのか、痛む頬を抑えるのも忘れてポカンとしている。


「起きたか」

「・・・お前が、これをやった、のか」

「俺以外に誰がやるというんだ」

『そうだぞー! 妹以外誰がやるんだー! ぼっこぼこだぞー!』

「・・・そう、か」


 ・・・意外だな。こいつも卑怯者と、俺に対しそう言うものだと思っていたが。

 男は何も言わずに少し俯き、そして顔を上げるとメボルへと近づく。


「・・・我が身の未熟を痛感致しました」

「そうか。死なずに学べた事を、彼女に感謝しておけ」

「はっ・・・」


 確かにそうだな。これが実戦なら死んでいた。少なくともこの男は一番最初に。

 ただ実戦であったならば、恐らくは違う結果になった気もする。

 今回の結果は、撤退という方法がとれないのも原因の一つではあるからだ。


 勝てない相手と遭遇した時、全員死ぬまで戦うなんて普通しない。

 これはあくまで手合わせ的な所が有り、となると撤退という選択肢は最初から無い。

 もしこれが実戦なら撤退戦になって、流石に全滅という事は無かったとは思う。


「魔術師隊に治癒術を頼みたいと伝えに行け」

「はっ」


 騎士の男は一瞬俺に辛そうな目を向け、けれどすぐに視線を切って駆け出して行った。

 向こうに治癒術師が居るらしいな。まだ案内を受けていない方向だ。


「ミク殿、感謝致します。彼らには良い経験になった事でしょう」

「別に感謝など要らない。俺のやりたい事をやっただけだ。お前も余り気にしすぎるな。その内心労で倒れるぞ」


 俺の返答を聞いたメボルは、少し目を見開いてから笑顔になって頭を下げた。

 まるで孫娘でも見る様な、余りに優しい目だったと思う。


「お気遣いありがとうございます」

「・・・気遣いでも何でもない。さっき言っただろう。面倒なだけだと」

「ふふっ、そうでございますね」


 顔を上げたメボルの笑顔は、何故か少しムカッとする様子があった。

 とはいえ殴り倒す理由も無いので、その感情をただ抱える事になってしまう。


「・・・騎士はあれで全部なのか」

「いいえ、砦の外の警戒をしている者、衛兵と協力して街中を警邏をしている者、休暇を取っている者も居りますし、用が有って他の街に出向いている者も居りますので」


 少し不機嫌になりながら訊ねると、メボルはクスリと笑いながら応えた。

 何故かセムラもニヤニヤしているし、使用人も・・・彼女はずっと笑顔だったな。

 この何とも言えない空気は何だ。生温い目で俺を見るな。


「・・・それは面倒だな」


 てっきりこれで騎士は全員かと思っていたんだが、まだ数が居たらしい。

 それだけこの街に金が有って、かつ危険な地域という事なのだろうな。

 とはいえそうなると、もう一度力を見せに来るのは・・・少し面倒だな。


 今回の件は『ついで』だからやった様な物だ。わざわざ訪ねてやる気は無い。


「今日集められていた者は、まだ若い者を中心に集めて注意をしていた所でした。逆を言えば集めて居ない者は大半ベテランです。貴女を軽んじる者は居ないかと」


 ふむ、つまりはここに居る人間達は、まだ訓練途中の未熟者の集まりだった訳だ。

 だがそう考えると、それでも連携が取れていたのは中々に凄い事だな。

 こいつらのレベルで未熟者という事は、ベテラン共はもっと強いという事だし。


「数日後に今居ない者達に手伝って貰い、少々過酷な実戦を経験させるつもりでした。ミク殿の言う通り甘い心を捨てさせる為に。そうなれば怪我はこの程度では済まなかったでしょう。この様な優しい訓練を付けて頂けた彼らは、幸せ者という他無いでしょうね」

「実戦経験・・・魔獣狩りか?」

「はい。ただ街道側ではなく、森の奥へ、山の奥への遠征を」

「魔獣の巣窟に突っ込むつもりだったのか」


 それは中々、この甘い連中には厳しい実戦訓練になりそうだったな。

 下手をすれば死者も出かねないんじゃないのかそれは。

 いや、死者は出さない為の、熟練者との協力体制での行軍か。


 それでも万が一が有れば、再起不能になる者も出て来ると思うが。


「その訓練が終わった上で、もう一度心構えを説くつもりでした。敵はこちらの都合など構ってはくれませんからね。むしろ油断をしているなら好都合とすら考える。今回の件で彼らはその事を痛感する事になったでしょうし、これで解らないのであれば除隊させるしかありません」

「中々厳しいな。育てはしないのか」

「この街に、その様な者を騎士として抱え続ける意味はありません。いずれ死ぬだけです」


 見込みの無い者を戦わせて死なせるよりは、辞めさせて別に道を歩ませるか。

 優しい言葉にも聞こえるが、除隊させられた本人には絶望だろうな。


「騎士にも枠が有ります。何人でも騎士として抱えている訳ではありません。見込みの無い者に何時までも時間をかけるより、見込みのある者を枠に入れる方が良い。私はそう判断致します。流石に何も無く放り出す事はありませんが・・・少なくとも騎士は辞めて貰います」

「・・・そうだな。この様な街では、それが正解なんだろうな」


 騎士にはおそらく高い給金を払い、装備も用意し、他にも手厚い福利厚生が有るはずだ。

 それに見合う働きが見込めない者では、当然ながら抱えている意味が無い。

 勿論若い人間がすぐに使えるなどとは思っていないだろう。育てる必要が有る。


 だが心構えすら作り上げられないのであれば、それはもう見込みなしと断ずるしかない、か。

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