第40話、プロ
「さて、これで話は終わりな訳だが・・・一応もてなしというか、貴殿さえ望めば今日の夕食にでも招待するが、そういうのは余り好きではなさそうに見えるな」
「好きでも嫌いでも無いな。食べる為に態々来いと言われていれば絶対に来ない。宿の食事が美味いし、金も払っているしな。ついでに食っていくかと言われたら気にはしないが」
「成程、それならば引き留めるべきではないか。待たせる事になるだろうしな」
領主は窓の外の、まだ日の高い空を見つめる。
今から夕食までとなれば、そこまでの時間を過ごす事になる。
その間何も出来ずに待たされる事になる、と思うと確かに面倒ではあるな。
「では、外まで見送ろう。勿論車を出す」
「解った」
「え、ミク、私は貴族の夕食気になる」
『もぐもぐ』
話は終わりだと立ち上がりかけた所で、セムラの空気を読まない一言が響く。
半端な中腰になっている領主は、どうしたら良いのだという表情を俺に向けて来た。
そんな顔をされても困る。精霊は我関せずでさっきからずっと食ってる。
「・・・招待されても構わないだろうか」
「やった」
何とも言えない空気に負けた俺の答えに、領主は少しの驚きの後でくくっと笑った。
その笑いは何だ。何がそんなにおかしい。セムラはセムラで嬉しそうだし、全く。
「承知した。この部屋は自由に使ってくれ。ご友人もな。使用人を廊下に待機させているので、何かあれば気軽に声をかけてくれて構わない・・・安心したよ、貴殿も友人には甘い様で」
「ふん」
別にセムラに甘い訳ではない。あの空気に耐えかねてしまっただけだ。
あんな奇妙な空気に晒されてしまえば、選択を間違える事だってあるだろう。
「待たされるんだ。夕食は期待しているぞ」
「ははっ。ああ、料理人達にはしっかりと伝えておくよ。今日の客人は大事な相手だから、いつも以上に力を入れて作る様にとな。では、また後でな。くくっ」
半目で要求を述べるも領主は怯まず、むしろ楽し気に応えて部屋を去って行った。
当然護衛の騎士も彼について行き、部屋の中には俺とセムラ、そして精霊のみとなる。
そこで大きく溜め息を吐くと、セムラが申し訳なさそうな顔を見せた。
「ごめん、ミク、我が儘言って」
「全くだ。帰る気満々だったというのに」
とはいえ決定権は俺に在り、留まると決めたのも結局は俺だ。
セムラが無理に留めた訳ではない以上、余り文句も言えないか。
「でも気になった。ミクも気にならない?」
「以前貴族の家で暫く過ごした事があるから、土地柄の料理以外は大体想像がつく」
「あー・・・そういえばミク、領主にもてなされてたんだっけ、猪の件で」
「そうだな。今思えばあの一家も、この国の貴族の中では特殊だったんだろうな」
俺はあの一家の前で、今の態度を崩した覚えはない。
最初の印象が悪くなかったので、敵意を向けはしなかったが。
だとしても領主の言い分から察するに、普通は俺の態度が気に食わないはず。
つまりは護衛の騎士が槍を向けて来た時の様に、あの手の反応が普通という訳だ。
そういえばここの護衛の騎士もそんな感じだったな。先の謝罪男だけは違ったが。
「あそこの領主一家、良い人だったの?」
「良い人・・・どうかな。貴族らしい貴族だった、といった所だと思う。辺境領主殿と同じ意味合いでな。利害をきっちり見定め、感情を後ろに置いて行動できる人物だった。当主はな」
恐らくではあるが、当主は俺を取り込むつもりで迎え入れたのだろう。
同じく跡継ぎであろう若も、俺の実力を見たからこその行動だ。
たとえ俺が貴族に対する態度で無くとも、上手く引き込めば力になると。
恐らくあの中で何も考えず、ただ俺に居て欲しいと願っていたのは一人だけだ。
その結果が決定的な別れになった訳だが、どの道俺はあの街を出ていただろうな。
「・・・さて、これから夕食まで滞在する事になった訳だが、どうするつもりだ?」
「折角だし、砦の探検したい」
『おー! 探検! 僕も探検する! たーんけん! たーんけん!』
「・・・そうか」
最近少し思う。セムラは俺より自由ではないかと。
ただ彼女は関わると不味い相手や、動かない方が良い空気には敏感だ。
さっきも領主との話し合いの間は一切口を開かなかったしな。
そういう意味では上手い生き方をしている。見習うべきかもしれない。
いや、俺は我慢をしないと決めたし、同じ生き方は出来ないか。
「なら使用人に聞いてみるか」
「ん、行こう」
『いっくぞー! 兄についてこーい! あ、お菓子いっこもってこ』
溜め息を吐きながら立ち上がり、セムラは嬉しそうについて来る。
精霊は先に行動していたが、焼き菓子を取りに戻って行った。
とりあえず精霊は放置して扉を開けると、廊下に立っていた使用人と目が合う。
「何か御用でしょうか」
ニコリと笑顔で迎える使用人。先程茶を持って来た人物だな。
「連れが砦を見て回りたいと言っている。構わないか」
「お客様の立ち入りをご遠慮頂いている区画以外は構いません。私が案内を務めさせて頂く事になりますが、宜しいでしょうか」
「セムラ、良いか?」
「ん、十分。ありがとう」
『案内? 探検じゃないのー? 探検したかったー』
精霊は文句を垂れているが、どうせ誰も聞こえていないので捨てておく。
すると先導しますと前に出た使用人に登りだし、頭の上で菓子を食べ始めた。
「・・・ねえ、ミク、アレ、頭の上で食べてるよね?」
「・・・ああ」
焼き菓子の食べかすがぽろぽろと頭に落ちている。アレは伝えるべきだろうか。
等と悩んでいる間に、他の使用人が彼女の頭を見てぎょっとする。
その反応で本人も何かを感じ取ったのか、さらっと自分の姿を確認した。
だが当然人間の目は頭の上を見る事が出来ず、その惨状には気が付けない。
「・・・頭の上に精霊が乗っていて、出されていた焼き菓子を食べている。その・・・食べかすが頭に零れ落ちていると思う。すまない」
居た堪れずに状況を説明し、俺が謝ってしまった。
俺は何も悪くないはずなのに、本当に何故か申し訳なくて。
そんな俺の謝罪を聞いた使用人は、にこりと優しい笑みを見せた。
「そうですか、精霊様が・・・ふふっ、実は私読書好きでして、精霊様と旅をする物語を読んだ事があるんです。物語の中の存在に触れていると思うと、中々に嬉しい物ですね」
『おー! 僕は物語の住人だったのか! 知らなかった!』
客人に対する気遣いか、それとも本音で言っているのか。
どっちか解らない辺りはプロの使用人といった所だな。
事情を理解した彼女はそれ以上気にせず、頭の惨状を捨て置いた。
尚も食べ続ける精霊の持つ焼き菓子の存在は、当然他の使用人に驚かれ続ける。
だがそれ以降の彼女は誰がどんな反応を見せようと、ニコリと笑って返すだけだった。
そんな彼女に様々な場所を案内され、やはりここは砦なのだなと改めて思う。
今いる所は居住区格と彼女は言っていたが、廊下に明らかに矢を射る為の穴がある。
火を置く位置も日常生活の為には見えない。非常時に備えた様子だ。
恐らくだが、万が一にでも街中へと魔獣が突破した時用でもあるのだろう。
つまりこの砦は街を守る外壁であり、住民の避難場所としても存在している訳だ。
となればもしかすると、他の場所にも砦への避難用の出入口が有るのかもしれない。
いや、むしろそうでないと意味が無いだろう。そう思える作りをしている。
「すごい、すごい」
案内されているセムラは大満足な様で、楽し気に案内を受けている。
何だかんだ俺も割と楽しんでいる自覚が有り、これでは何も言えないなと思う。
そうしていると、廊下の先から大きな声が響く場所に出た。
「あちらは騎士達の室内訓練場になりますが・・・行かれますか?」
彼女は俺が騎士と揉めた事を知っていて、不快にならないかと訊ねたんだろう。
だがアレは領主が『馬鹿』と断言する相手と知っているし、特に気にしてはいない。
「セムラが行く気なら」
「いく」
『いくー!』
「だそうだ」
「畏まりました」
最早決定権が俺に有るのかどうかも怪しく感じつつ、案内されて廊下を進む。
そうして進んで通路が開けた先には、見覚えのある武装をした集団が居た。
俺達の出現に気が付いた騎士の視線が刺さり、だが近づいて来たのは一人だけ。
「ミク殿、それにセムラ殿も。この様なむさ苦しい所にご用ですか?」
先の謝罪騎士、メボルがそう声をかけて来た。確かにむさ苦しい。
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