第39話、詳細

「で、結局の所、君はミク殿の友人という事で良いのか?」

「不服だけど、今はそれで」

『僕は兄だよ!?』


 領主の確認に対し、セムラはぷくーっと頬を膨らましながら応える。

 俺に人の事が言えるとは思わないが、領主相手に何時も通りだなお前。

 ああそうか、今はストッパーが居ないから自由なんだなコイツ。


 ・・・いや待て、今はってなんだ。これからもお前が俺の姉になる予定は無い。

 そもそもゲオルドが護衛依頼を受けに行ったんだから、数日後には居なくなるだろ。


「変人の下には変人が集まるのか・・・」


 おい、聞こえない様に呟いたつもりだろうが、しっかりと聞こえてるぞ。

 俺は変人じゃない。変なのは精霊とセムラだけだ。ゲオルドとヒャールも真面だ。

 大体それを言い出すなら、お前はあのアホ女と知り合いだろうが。


「・・・すまない、何の話をしていたんだったか」

「奇遇だな、俺もそう思っていた所だ」

『僕が兄だという話だね!』


 領主は一連の流れのせいで、それまでの話が頭から吹き飛んだらしい。

 正直俺も同じ事を考えていたので、疲れた顔で同意を返す。

 いや、精霊の声が聞こえていない分、領主の方が少しマシだと思うが。


「あー、そういえば私はまだ名乗ってなかった気がするな」

「そうだな、名乗っていないな」

「これは失礼をした。私の名はレグ・マミリ・ファ・エルスという。エルスが家名ではあるが、レグと呼んでくれて構わんよ」

『僕ヴァイド!』


 長いのか短いのか悩む名前だな。マミリとファにはどういう意味が在るのか。

 言葉の意味が理解出来ない辺り、この世界の貴族社会の称号的な意味だろうか。

 あと精霊の名前は相変わらず似合ってない。


「そして今日の護衛についている・・・まあ護衛というよりも、貴殿への誠意を見せる為に傍についているといった方が正しいが、この男はメボル・カラジムだ」

「誠意?」

「メボル」


 思わず俺が首を傾げると、領主が名を呼んだ騎士がスッと前に出た。

 そして俺の傍に来ると膝をつき、深く頭を垂れる。


「先日は簡易な謝罪になってしまった事を先ず謝罪したく思います。そして街を守る為に、その真の意義は民を守る為に在る騎士が、あの様な醜態を晒して迷惑をおかけした事、改めて心よりお詫び申し上げます。お許しを頂く必要はありません。ただ謝罪を申し上げます」


 許す必要は無く、ただ謝意を示す。

 謝って許して貰えるなどとは思っていないと言う事か。

 自己満足の為に謝罪をして、すっきりする輩とは違う様だ。


 随分と真面目な事だ。この手の男はいつか心労で倒れそうだな。


「さっき領主に言ったはずだ。殴り飛ばした時点で終わった事だと。気にしていない」

「・・・感謝を」

『どーいたしまして!』


 男はただでさえ深く垂れていた頭を、さらに深く下げてしまった。

 気にしていないと言っているというのに。俺は本当にどうでもいいんだが。


 これでもし騎士を殴った咎などという事になれば、また話は違う。

 だがあの一件で俺を咎めないなら、俺としてはもう話は終わりなんだ。

 とはいえそれを言った所で、恐らくこの手の男は納得はするまい。


「謝罪の場を設けてくれた事、感謝致します」

「別にお前の為だけじゃない。俺としても彼女との関係改善は意味がある事だからな」


 騎士は立ち上がると領主にも礼を言い、だが領主は手を振ってそう応える。

 成程。うちで抱えている騎士は、真面な者も居る事を知ってくれという事か。

 確かにこの男を最初に見ていれば、随分と印象は違っただろう。


 というか何故だろうな。この男を見ていると無性に心配になる。


「さて、自己紹介が終わった所で、ミク殿に提案した内容をもう少し詳しく話し合っておきたい訳なんだが・・・正直に言うと、軽い喧嘩程度なら最初から放置で良いと思っている。そもそもそんな物まで取り締まっていては、街の住民をどれだけ捕まえねばならんのかという話だ」

「軽い、とはどの程度だ?」

『僕軽いよ!』

「貴殿が組合で暴れた程度なら問題無い。後は馬鹿共を打ちのめした時の程度でもだな」

「成程」


 一部大怪我になっている者も居たが、あの程度であれば領主は元々咎めないという事か。

 確かに言われてみれば、荒っぽい人間が多い街で何もかも咎めてはいられないな。


「勿論それは喧嘩であればの話だ。何もしていない者を襲ったり、喧嘩だとしても周囲に被害を及ぼし始めた、等という話であれば衛兵を動かす事になる。流石にそれは、たとえ貴殿が精霊付きだろうと譲れん所だ。納得して貰わねば困る」

「道理だろうな」

『・・・もぐもぐ』


 民を収める為に居る領主が、犯罪を犯した人間を放置は出来んだろう。

 お互いに殴り合う気の喧嘩なら兎も角、その辺の子供を殴ったなど話にもならない。

 だが俺がそう思って答えると、領主は少し気の抜けた顔を見せた。


 精霊は話に飽きたのか、焼き菓子に集中し始めている。


「どうした?」

「いや、少しは反発があるものかと思った。貴殿は規則に縛られるのを嫌うと言っていたしな」

「今の話の何に反発する必要が有るんだ。貴様は街の領主であり、民の安全は絶対に譲れない事だろう。俺がどう思おうと、民に害を及ぼせば敵対するのは当然の事だ」

「・・・それは、そうだが」


 確かに俺は規則に縛られる気は無いが、逆に無意味に破るつもりも無い。

 俺が好きに生きられない規則には従わないというだけの話だ。

 少なくとも俺を縛りつける様な、俺を殺す様な規則でない限りは。


「他には?」


 だがそんな事を長々説明する気も無いので、とりあえず先を促す。


「あ、ああ、そうだな。殺しに関しても・・・余程の事が無い限り勘弁して欲しい。グレーブルと揉めた時は危なかったそうだが、出来れば一旦私に話を通してくれ。悪い様にはしない」

「もし向こうが殺しにかかって来た場合はどうする」

「その場合は仕方ないだろう。大人しく殺されろ等と言う気は無い。やり返せ」

「死人に口なし、であれば?」


 今この男は実質俺に殺しの許可を与えたが、それは下手をすれば悪手となる。

 襲われた訳でも無い、何の罪も無い者を、俺が殺す可能性だってある。

 そう問いかけると領主は怯む様子なく、俺を鋭く睨んだ。


「・・・その時は、真実が発覚した時点で総力を挙げて貴殿を処分する」


 強い目だ。これで決裂するならその時だと、覚悟を決めて口にした目。

 この男は最初から最後まで、きっと俺と会うずっと前から命を懸けている。

 ならばこの言葉は脅しなどではなく、純然たる事実を口にしているだけだ。


『妹、どうしたの? 何か面白かった?』

「・・・なんでも無い」


 精霊に言われて、口の端が上がっていた事に気が付く。

 だが気が付いた事で表情を戻し、返答を待っている領主に目を向けた。


「もしそうなった時は、全力で逃げさせて貰おう、領主殿」


 だから俺はそう答えた。やるつもりは無いという意味での軽口を。

 つまりそんな事態は「もし」の話だ。少なくとも今の時点では。

 領主はそれを理解したのか、くっと笑って背もたれに体を預けた。


「ははっ、それはむしろ、こちらこそが助かるかもしれないな」


 俺の軽口に対し、領主も笑って軽口で返す。だがきっとそんな事はあり得ない。

 勿論俺は全力で逃げる可能性が高いが、この男は絶対に俺を許さないだろう。

 この領主は、そういう領主だ。きっとどんな手を使ってでも報復を試みる。


 民の安心の為に。民の心を癒す為に。民を害した敵を絶対に許さない。

 俺に正面から挑む事は無くとも、俺を殺す手段を講じるだろう。


「他には有るか?」

「他には・・・んー、まあ、基本的に今のを守ってくれたら良い。とりあえず何か困ったらここに来て相談してくれ。ああ、もしくはグレーブルに伝えてくれたら、私にも伝わるはずだ」

「解った。出来ればこっちに直接来る」


 あの女は多少マシになったが、俺の腹の立つ事をしかねないからな。

 それを天然で切り抜けそうな辺りが、また余計にイラっとする。

 嫌な気分になるぐらいなら、多少歩いてもここまで来る方がマシだ。


「ああそうだ、一応言っておくが、私は貴族の中でも特殊な部類だ。なので他の貴族がその喋り方を聞いたら怒り出すと思うが・・・直す気は多分無いよな?」

「無いな」

「だろうなぁ・・・まあ良いか。もし貴殿に絡む奴が居ても何とかしよう。ただ出来ればぶちのめすだけにして、殺さずにここに持って来てくれるとありがたくは在るが」

「善処しよう」


 殺しにかかって来たら殺すつもりだったが、場合によっては加減するとするか。

 この男の立場が不利になるという事は、辺境が過ごし難くなりそうだしな。

 俺の腹の立つ事をされなければ、とりあえず殴り倒して持ってくればいいだろう。


「そうか、助かる・・・貴殿側で詰めたい内容は無いのか?」

「俺の方で? いや、特にないな。最初の聞いた通りで構わん」


 別に元々領主に望む事も無いし、魔核さえ手に入ればそれで良い。

 情報に関しても、この領主が適当な事をするとは思えない。

 ならば俺から望む事は特になく、これで話を終わらせて良いぐらいだ。


「そうか・・・ふむ」

「何か気になる事でも有ったか?」

「ああいや、ここまで話していて、貴殿が最初の想定よりも理知的だと思ってな。最初に情報を持って来たのがグレーブルだから、というのも大きいんだろうが」

「むしろそれが全てな気もするが・・・騎士を殴り飛ばしたのを考えればそうでもないか」


 領主が迎えに寄こした騎士を殴り飛ばした人間。

 それだけを考えれば、大分話を聞かない人間に思える。


「それがどうかしたのか?」

「話が通じる人間と理解した上で、一つ追加で精霊付きの貴殿に相談をしたい事がある」

「精霊付き・・・」

『おーいしー!』


 焼き菓子をおぼっている精霊に目を一瞬向け、視線を領主に戻す。


「精霊関連で何かあるのか」

「いや、精霊関連というよりも、それだけの強者である貴殿への依頼だ。とは言っても今依頼が在るという訳ではなく、力を貸して欲しいと頼む事が在るかもしれないという話だな。貴殿さえ良ければ、その時は力を貸してくれるとありがたい。勿論その際の報酬は弾むつもりだ」


 ・・・成程。つまりは俺の力が必要な程の何かが有った時、依頼という形で助けてくれと。

 色々と融通をするのだから、その分の手助けぐらいはしてくれないかと。

 まあ、それぐらいなら別に構いはしないか。受けた所で俺に損がある訳でも無し。


 俺が意外と話せると思ったからこその提案という訳か。

 なし崩しに領主の勢力と思われそうではあるが・・・俺には関係ないな。

 もしこの街を出たいと思えば、何が有ろうと出て行くだけの事だ。


「解った。その時は、手が空いていれば受けよう」

「感謝する」


 まあ、手が空いてなければ受けない、とも言ってる訳なんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る