第38話、同行者

 領主館に辿り着き車を降り、建物を見て中々に驚いた。

 なにせ『館』と言っていたのだから、普通は屋敷に類を想像するだろう。

 だが俺の目の前に存在するのは、明らかに外壁から連なる武骨な砦の一部だった。


「・・・まさか、砦に住んでるのか?」

『でっかいおうちー!』

「そうだ。何かあった時一番早く情報を得られるだろう。下手に街の中に屋敷を作るよりも、砦の中に居を構えた方が色々と都合が良い。騎士や兵士達の待機場所としても有用で、訓練をするにも困らん。勿論居住部分の内装はそれなりにしているがな」


 領主の答えを聞いて感心してしまった。この男は普通の貴族ではないと。

 まさしくこの辺境で『領主』をする為に存在している『貴族』だと。

 思わず敬意を払いたくなる程に、この男は自分の義務を果たしている。


「王都の貴族共はみっともないだの山猿だの言って来るが、砦の修繕費にどれだけかかると思っていやがるんだか。ただ大工を呼んで直すだけじゃないんだぞ。下手な屋敷より高級になる」


 それはそうだろう。この砦の修繕を、内部ならまだ問題無い。

 だが外壁の修理となれば、大工達は常に魔獣の危険に晒される。

 となれば護衛も必要になるし、死傷者が出る可能性も無いとは言えない。


 そんな大仕事を安い金で受けるはずも無く、どうしたって金はかかってしまう。

 下手な屋敷よりも余程高級な住いというのも、あながち間違ってはいないな。


「お、ミク殿笑ったな?」


 そんな馬鹿な言葉を聞いたせいか、無意識の内に笑っていたらしい。


「中々にくだらない事を言うと思ってな」

「くくっ、言ってくれるな。だが私はこの砦の屋敷を誇りに思っているぞ。本気でな」

『兄はお家大きくて良いと思う!』


 領主の言葉は本音なのだろう。砦を見つめるその目がそう言っている。

 成程これは、この様な男にとっては、昨日の様な騎士は頭を抱える話だろう。

 領主として本気でこの街と住民を守り、貴族としての義務を果たすこの男には。


「さて、何時までもお嬢さん方を立たせているのも申し訳ない。とっとと室内に入ろう」

『はいろはいろー! でも僕お嬢さんじゃないよ! 兄だからね!』


 領主に促されて歩き出し、精霊が足元をちょろちょろと走りまわる。

 何回か足元に来たので容赦なく踏みつつ、砦の扉を開いた。

 いや、領主館の扉だったな。ややこしい。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「ああ、客人の案内を頼む」

「畏まりました」


 中に入ると執事と使用人らしき人間達が迎え、領主の上着を受け取った。

 それから俺達にご案内しますと声をかけ、どこかの部屋へと誘導される。

 道中内装を何となく眺めていたが、当たり前だが屋敷感が無い。


 床には絨毯、道中に調度品は在るが、余りにも武骨が過ぎる。

 飾られている鎧等は普通に装備品に見えて来るな。

 いや、石造りの城と考えれば、豪華にも見える気はするが。


 そんな廊下を歩く事暫く、とある一室に通された。


「旦那様はすぐに参ります。お待ちの間、菓子はお好きにお食べ下さい」


 恐らく先回りで用意したのであろう、菓子が室内中央のテーブルに乗っている。

 室内の内装はと言えば、思ったよりちゃんと『部屋』という感じだった。

 もっと砦の一室感を想像していただけに、少しだけ拍子抜けしている。


『おっかしー! どーれにしよーかなー!』


 精霊は真っ先にテーブルに飛び乗り、俺は溜め息を吐きながら椅子に座る。

 どれにしようかなも何も、全部同じ種類の焼き菓子だろうに。

 色合い的に同じ窯で焼かれている以上、味の違いなど無いと思うぞ。


「失礼致します。お客様方にお茶をお持ちしました」

『おー、妹の分もちゃんとある! 偉い!』


 席に座った所で別の使用人が入って来て、三人分の茶が並べられる。

 俺はそれを最初、俺とセムラ、そして領主の物だと思っていた。

 だが実際には全てのカップが俺達の側に並べられている。


 まさか本当に精霊の言う通り、三人分用意したと言う事か。


「精霊様が居られると聞き、用意させて頂きました。余計な事でしたら申し訳ありません」

「・・・いや、喜んでいる。問題無い」

『よきにはからえー!』


 使用人は俺の言葉にホッとした様子を見せ、軽く頭を下げて去って行った。

 精霊の言葉は聞こえていないだろうし、単純に失礼を働かずに済んだ安堵だろう。


『兄はこれ食べるー!』

「ん、美味しい。流石領主の飲むお茶」


 そうこうしている内に精霊が食べる菓子を選び、セムラが茶を堪能する。

 何だか出遅れた感を感じつつ、俺もカップを手に取り茶を喉に流した。


「美味いな、確かに」

「ね、凄い」

『おーいしー!』


 そこまで細かい差など俺には解らないが、この茶が美味い事だけは解る。

 茶が良いのか入れた人間が上手いのか、それとも両方なのか。

 菓子を食べる精霊もご機嫌で、恐らくそっちも美味いのだろう。


「すまない、待たせた。屋敷に居ない間の報告を聞いていてな」


 そこに領主と護衛の騎士がやって来て、俺達の正面に座る。

 少し遅れて使用人が彼の分の茶を置いた。

 優秀な使用人だな。この男の仕えるからこそか?


 いや、あの馬鹿の様な人間も居るし、一概にそうは言えないか。


「気にするな。もてなされてのんびりしていた」

「そう言ってくれると助かる・・・ええと、これは、もしかして精霊が食べているのか?」


 テーブルの上で少しずつ消えていく菓子に、領主は若干困惑した表情を見せている。


「ああ。菓子に満足している。茶も喜んでいた」

「そうか、それは良かった。精霊のもてなしなどした事が無いから不安はあったが、茶だけでも出しておこうと思ってな。精霊も普通の食事をするんだな・・・」

「いや、それは解らん」

「ん、そうなのか?」

「俺はこいつ以外の精霊を知らんからな。こいつは良く騒ぐし走り回るし食べるし飲むが、他の精霊が皆等しくそうなのかと問われても困る。ただコイツがそうなだけかもしれない」

「成程・・・確かに思い込みは危険か」


 俺の見解を聞いた領主は、ふむと思考する様子を見せながら菓子を見つめる。

 精霊が見えていないからこそ、視線は菓子に向けるしかないのだろう。


「所で・・・物凄く今更な質問をミク殿にして良いだろうか」

「何だ?」

「隣の彼女は、一体何者なのだろうか」


 ・・・いや、そんな事を聞かれても、正直困るんだが。

 セムラは何故か知らないが付いて来ただけだし。

 全員の視線がセムラに向くと、彼女は胸に片手を当てて背を伸ばす。


「私はセムラ。ミクの姉」

「嘘を言うな嘘を」

『な、なんだってー! 姉!? じゃあ僕は弟!? いや違う僕は兄だ! 兄なんだー!』

「嘘じゃない。私がそう思えば真実」

「無茶苦茶言うなコイツ」

『そうだ信じれば真実に何時か届く! だから僕は兄と信じる・・・なら妹が増えた!?』

「え、う、嘘なのか、え、本当なのか? ど、どっちなんだ、ミク殿?」


 何だこれ収拾がつかない・・・俺何しにここに来たんだったか・・・。

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