第37話、精霊付き

 領主は重い気分を払う様に、一度大きく息を吐いてから顔を上げる。


「ともあれこちらとしては、貴殿と話をしたいと思っている。昨日の事を考えれば苛烈な人間である事は確かめるまでも無いが、下手に争うつもりも無い事を知って貰う為にな。むしろ貴殿が実力者だと解っている以上、この辺境の領主としては手を取り合いたい」

「・・・何か、具体的な提案があるのか?」

「話が早いな。なに、こちらが望むのは大した事では無い。貴殿の琴線が難しい所に在るらしい事は解っているが、もし怒りを抱いたらまず私に相談が欲しい。出来る限りの対処はしよう」

「領主様だと言うのに随分と懐が深いな。ただの小娘一人相手に」

「貴殿がただの小娘? グレーブルはあれでもそれなりに実力者だ。だと言うのに彼女に恐怖を与え、本当に殺されると思ったと言わせる貴殿をただの小娘と思えと?」


 あれでも、と言った辺りに支部長への評価が見える。

 いや、単純に見た目は色っぽい女性という点か?

 ただあの時恐怖を与えたのは、俺ではなく精霊なんだが。


 どちらにせよ領主としては、俺を普通の小娘として扱う気は無いだろうが。


「俺がそれに従う利点は何だ」


 態々相談する意味が俺には無い。腹が立てばその場で殴り倒すだけだ。

 それを一旦我慢しろというのであれば、それなりの利が無ければつり合いが取れない。

 だが何が有ろうと我慢しろと言う訳ではない辺り、何かしらの交渉素材が有るのだろう。


「魔核を欲しているのだろう、貴殿は」

「・・・そうだな、俺の目的は魔核だ」


 それぐらいの情報は簡単に掴めるだろう。何せ俺は魔核を一度も売っていない。

 ならば何の為に辺境に来たのか。当然ながら魔核の為だとすぐに解る。


「辺境では時折、強力な魔獣が現れる時がある。被害の具合によっては組合に任せきりにせず、騎士団を用いて討伐に赴く事もある。当然ながらそれらの魔核は、他の魔核よりも力が強い」

「・・・討伐して保有している良い魔核を渡す、という事か?」

「勿論保有している魔核は有るが、そういう話ではない。もしその様な魔獣が出た時、騎士団を動かさず貴殿に任せよう。当然魔核の権利も貴殿の物だ。それは利点にはならないか?」

「それは・・・確かに利点か。お互いに、ではあると思うが」


 強力な魔獣という事は、討伐の際に被害が出る可能性がある。

 となれば俺に任せてしまえば、魔核が手に入らない代わりに兵士の被害が無い。

 普通なら騎士団を動かさない事は悪手だが、俺にとっては邪魔されないという利点だ。


「だが少し、俺の利が多い様に見えるな。良いのか?」


 それだけを見れば一見お互いに利が在る様に見えるが、俺にはまだもう一つ利点がある。


 情報だ。その強力な魔獣の情報を、態々教えてくれると言っているんだ。

 勿論そんな魔獣が現れた場合、領主から聞かずとも情報が手に入る可能性は高い。

 だが領主の情報となれば、正確性もさる事ながら、手に入る早さも期待できるはずだ。


 お互いに利点はある話だが、俺への利が少し傾いている。

 となれば断る理由は無く、むしろこちらから望む処ではあるが。


「当然だ。今回の件では初手で貴殿に迷惑をかけたのだからな。それに貴殿程の実力者と友好を持つ事自体が私の利になる。多少貴殿への利が多かろうが何も問題は無い」


 とりあえずは俺が暴れなければそれで良い、という事なのだろうな。

 友好どうのは二の次だろう。先ずは俺を納得させる必要が有ると。

 あわよくば俺を上手く使える様に出来ないか、とは考えているだろうが。


 とはいえ結局の所俺に利のある話だし、断る程の理由も無いか。


「解った。提案を呑もう」

「上手くやっていけそうで何よりだ、ミク殿」


 領主が笑みを見せながら差し出した手を、素直に握って返す。


「ついてはもう少し細かい話もしたいのだが・・・今度こそ誘いを受けて頂けるかな?」

「断る訳にはいかんだろう」


 俺はこの男の提案に乗り、出来る限りの譲歩をすると約束した。

 だと言うのにその話を詰める為の誘いを断るなど、余りに阿呆が過ぎる。


「そうか。いや、それでも断られる可能性もあると想定していてな。何だ、ちゃんと話せば普通に解ってくれる相手じゃないか。グレーブルの奴め、随分と脅しやがって」


 ・・・あの女、相手の話も聞かず、敵と見て殺しにかかる相手とでも言ったか?

 確かに近い事をしたという自覚はあるが、アレは俺の譲れない部分に踏み込んだからだ。

 この男は最初から交渉をして来たのだから、あんな真似をするはずも無い。


「奴が何を伝えたのかは知らないが、俺は自由を奪われたくないだけだ。俺を枠にはめて規則に固めようとする人間は、得てして俺の事を殺しにかかる。なら殺される前に殺すだけだ」

「・・・成程、気を付けよう」

「そうしてくれ」


 やけに神妙な様子で告げる男に、そう有る事を望むと思いながら応える。

 そして外に出る様に促され、出てみると宿の横に大きな車が泊まっていた。

 更には大きな車を牽く為なのか、繋がれている獣もかなり大きい。


 馬の様ではあるが、サイズ感が少し壊れている様に感じた。

 足は俺の胴体より太く、背丈はその辺の大人の倍はある。

 魔獣でも簡単に蹴り殺すんじゃないか、と思う程にいかつい雰囲気の馬だ。


 とはいえ大人しく御者に撫でられていたので、気性は優しいのかもしれないが。


「どうぞ、お嬢様。お先に」


 貴族の礼儀なのだろうか。そういえば前に領主の車に乗った時もそうだった気も。

 ともあれ先に乗れと言うのであれば、とっとと乗って奥に座る。

 すると俺の横にセムラが座ったので、驚いた顔を向けてしまった。


「・・・何で乗ってるんだ」

「ミクが行くみたいだから、ついて行こうかと」


 ・・・いや、まあ、良いか。別に付いて来られて困る事も無いし。

 等と思っていると領主が乗り込み、騎士も一人乗り込んで扉が閉まった。

 そうしてゆっくりと車が動き出し――――――。


『妹よー! 兄を置いてくなんてひどーい!』


 煩いのが胸元から出て来た。起きてしまったのか。ずっと寝てれば良いのに。

 思わず溜め息を吐くと、そんな俺を見たセムラが目を輝かせる。


「精霊、起きたの?」

「・・・勘が良いな。ここに居る」

『うおー! 捕まったー! 何という事だ! 妹よ兄をどうするつもりだー!』 


 本当に煩い。別にどうするつもりも無いから、少し静かにしてくれないか。


「精霊? 貴殿は精霊付きなのか?」


 そんな俺達の会話を聞いていた領主は、目を見開いて訊ねて来た。

 確かゲオルドが言っていたな。精霊付きというだけで一目置かれると。


「精霊付きというのが正しいのかは知らんが、何故か付き纏われている」

「・・・精霊が見えているのか?」

「見えなければ掴めんだろう」

『捕まってるよ!』


 前に突き出すと、何故か胸を張る精霊。

 本当に何故そんなに誇らしそうなのか。


「いやはやこれは凄いな・・・これは本当に、最初の時点で貴殿の機嫌を本気で損ねなくて済んで良かったと言うしかない。全く、あの馬鹿は本当に馬鹿な事をしてくれたものだ」


 領主は本気で疲れた顔を見せ、車の天井を仰ぎながらそんな事を言い出した。

 隣に座る騎士は申し訳なさそうな表情で、何も言えずにじっとしている。


「ミク殿、あの馬鹿の処分に希望する事はあるか?」

「いや。特にない。殴った時点で俺の気は済んでいる」

「そうか。それは良かった。いや、本当に、ホントーに良かった・・・」


 今度は膝の上に肘を乗せ、組んだ手に額を乗せて大きな溜息を吐いた。

 この一瞬でやけに疲れ切った様子を見せるな。精霊付きとはそんなに凄いのか?


『うんうん、良かった良かった。で、何の話ー?』


 ・・・こいつを見ていると、どうにもそんな気分にはなれないんだが。

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