第36話、辺境領主

 変な連中が来た翌朝、ふああぁとあくびをしながら体を起こす。

 ベッドには俺と一緒に眠るセムラの姿が有り、とうとう泊って来た。

 元々俺が宿に居る間はずっと俺の傍に居たが、俺の傍の何が良いのやら。


 そうして俺が起きた気配を感じたのか、セムラもあくびをしながら体を起こす。


「おはよう、ミク」

「・・・ん、おはよう」


 セムラはシャキッとした様子だが、俺は少しぼーっとしている。

 精霊はまだ寝たままだが、起こすと騒がしいので俺は起こさない。


「そういえば、良かったの? 呼び出しに応じなくて」

「何だ、寝た振りをしていたのか?」

「その方が良いかと思って」


 気にし過ぎだと思うがな。しかし呼び出しか・・・いやだって面倒だし。

 向こうに何の用が有るのか知らないが、こっちには何の用事も無い。

 利点が見えてこない誘いに何故乗らなければならないのか。


 勿論権力者に従わない事で、色々と面倒な事が有るのは解っている。

 だが誘いを断った程度で権力を振るうなら、俺も俺で好きにやるだけだ。


「状況が解っているなら、俺に関わらない方が良いと思うぞ」

「んー・・・まあ常識的に考えるとそうだけど、ミクだし。大丈夫かなって」

「知らんぞ。その結果ゲオルドに迷惑が掛かっても」

「ふふっ、その時は4人で旅するのも、良いよね」


 お前が良くても、ゲオルドとヒャールには迷惑だろう。

 全く・・・こっちが離れようとしているのに、なぜ近づいて来るのやら。


「とりあえず俺は朝食を食べに行くが、セムラはどうする」

「一緒に行く」


 そうかと答えつつ扉を開け、何時も通り食堂へと向かう。

 すると昨日の事もあるせいか、常連たちがおはようと声をかけて来た。

 いちいち全部に応えるのも面倒なので「ん」と言いつつ手を上げて席に着く。


「大人気だね」

「どうだか」


 しょせんこんな物は最初の内だけだ。俺みたいな人間相手ならその内落ち着く。

 俺は人の人気を集める様な能力を持っていない。今までの生でそれを理解している。

 人を助け救った所で、結局その後恨まれる事なんてザラだった。


「ミクさん、どうぞ」


 席に着いたばかりだと言うのに、もう料理が運ばれて来た。

 その事に少し驚いて看板娘に目を向けると、柔らかい笑みを返して来る。


「お父さんが、すぐ作るって言ってるから、少しだけ待っててね」


 今目の前に料理が有るのだから、待つも何も無いと思うのだが。

 まあ良いか。早めに出して貰えたのだから、ありがたく頂こう。

 そうして隣からセムラにつままれつつ、今日も満足な朝食を終える。


「ん?」


 食堂を出た所で表から車と獣の走る音が聞こえ、宿の前で止まったのを感じた。

 何となく気になって視線を向けると、数人の騎士と身なりのいい男が入って来た。

 男は愉快気に宿を見回すと、自嘲気味な笑みを見せる。


「中々いい宿だ。この様な宿を荒らしたなど、恥ずかしい話だな」

「はっ、面目次第も有りません。全て私の指導不足です」

「それを言い出すなら、俺の管理不足にもなる。アレに関してはお互い様という所だ」


 男は頭を下げる騎士に対し、また少し自嘲した笑みで返す。

 そしてツカツカと受付に向かうと、腕を組んで構える女将に対し袋を差し出した。

 じゃらっという音が鳴った辺り、恐らく金が入っているのだろう。


「女将、先日うちの者が迷惑をかけた。この男が謝罪をしたとは思うが、それだけでは済ませられん。これは詫びの気持ちだ。受け取って欲しい」

「・・・一応頂きますが、それよりもあんな事が二度と無い様に願いますよ」

「解っている。すまない」


 男は頭こそ下げはしなかったが、素直に謝罪を口にしている。

 という事アレはこの街の領主なのだろうか。まさか領主が自ら訊ねに来たのか?


「ふむ?」


 何となく成り行きを眺めていた俺に領主の視線が向いた。

 だからといってどうという事も無く、視線は逸らさず動きもしない。

 そんな俺をどう思ったのか、領主は「クッ」と笑い口を歪めた。


「貴殿かミク殿で相違ないか」

「貴様の探しているミクが誰かは知らんが、俺の名はミクで間違いは無い」


 男の質問に答えると、騎士のうち数人が敵意と動き見せた。

 だが昨日謝罪に来た騎士がそれを止め、けれど連中の腹立たし気な表情は消えていない。

 そんな騎士達の様子を見た男は、小さく溜め息を吐いて呆れた表情を見せる。


 騎士達は男の視線に気が付き、その目に驚いたせいか俺へ敵意が消えた。


「おい、貴様らの今の仕事は何だ」

「はっ、領主様をお守りする事だと存じ上げます」

「そうか、ならばお前は今、仕事を全う出来なかった自覚はあるのか」

「っ、い、いいえ、申し訳ありません、何か落ち度が有りましたでしょうか」


 騎士の答えを聞いた男は、先程よりも深く深く、面倒臭いと言わんばかりの溜め息を吐く。

 そんな男の態度を見ていた昨日の騎士は、申し訳なさそうな表情で頭を下げた。


「申し訳ありません。私の不徳の致す所です」

「気にするな・・・とは言えんな。まさかここまで平和ボケしている者が我が家に多いとは思わんかった。もう少し鍛え直せ。心の方をな」

「はっ」


 返答を聞いた男はもう一度溜め息を吐くと、表情を笑顔に戻して俺に向き直る。


「失礼をした。先日は我が家の者が貴殿に失礼を働いた事、領主として自ら謝罪しに参った」

「そうか」


 何の為かと思えば、俺に謝る為だったか。随分と真面な事だ。

 あの時は面倒だと思っていたが、今はもう気にしてもいない。

 そもそも本人は殴り飛ばしたしな。興味も無いと言うのが正しいか。


 謝られた所で今更だと思いつつ、部屋へと足を進める。


「え、ちょっ、ま、待って頂きたい!」

「何だ?」

「え」


 待てと言われて素直に止まると思ってなかったのか、男は驚いた顔を見せる。

 そして一連の流れを見ていたセムラは、必死に笑いを堪えている様に見えた。


「何の用だ。出向いて来た以上、用が有るなら話ぐらいは聞く」


 俺に出向けと言うのであれば、用事も無いのに何故行かねばならないと答える。

 だが向こうから出向いて来たのであれば、流石に話ぐらいは聞く気はある。

 後ろの騎士共の態度は相変わらず面倒そうな感じではあるがな。


「そ、そうか・・・んんっ、貴殿の事はグレーブルから聞いた。随分と過激で苛烈な思考の持ち主であり、それを貫き通せるだけの実力があると」


 男は咳払いをして佇まいを直し語り始めるも、俺は思わず首を傾げた。


「グレーブル? 誰だ?」

「・・・労働派遣組合ニャラグラッドグリハ支部の支部長だ」

「ああ、アイツそんな名だったのか」


 そう言えば結局名を聞いていなかったなと、今更ながら思い至った。

 いや、そもそもあの女の名など興味無かったが。

 恐らくこの先、面倒事でも起きない限り関わる事も無いだろうし。


「そこでだ、貴殿の苛烈さから街で面倒事を起こす可能性があるが、出来るだけ敵対しない方向で事を進めたいと相談を受けた。ただ私には領主として住民の安全を守る義務がある。もし貴殿がその苛烈さを住民に向けるのであれば・・・放置は出来ん」

「ほう、俺を処分するという事か?」


 領主の言葉は尤もだ。街を守り住民を守る者として、危険人物は放置できない。

 だが俺とて容易く処分される気は無い。その感情を乗せて問い返した。


「何もしていない貴殿を処分など意味が無いだろう。そんな理不尽な事をすれば、民達とて不安を持つ。次は自分かもしれないとな。そんな下らない事で民からの信頼を失いたくはない。とは言っても、先日の失態を考えれば貴殿への説得力は無いだろうがな」


 領主はまた自嘲する様に笑い、先日の事を引き合いに出した。

 成程。この男としては、民の信頼はしっかりと持っておきたいのか。

 となれば確かに昨日の出来事は、領主としては頭の痛い話だろう。


「情けない言い訳をさせて貰うと、アレは他の貴族に押し付け・・・教育を頼まれた馬鹿でな。傍に居たのもその取り巻きだ。本当はアレを貴殿の迎えにする予定では無かったのだが、馬鹿が何を勘違いしたのか、貴殿を連れてくれば立場が良くなると思ったらしい。本当にすまない」


 押し付けられたのか。本当は抱えたくなど無かった、と言いたげだな。

 まあ、馬鹿を押し付けられたのは、多少同情の気持ちは芽生えるが。

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