第35話、誘いの騎士

「貴様がミクだな。領主様がお呼びだ。付いて来てもらおう」


 案の定というべきか、数日後にそんな事を言って来る奴が数人現れた。

 身なりからして騎士の類だろうか。門番をしていた兵士とは装備が明らかに違う。

 それを確認した俺は、中断していた食事を再開する。美味い。


「・・・貴様、何のつもりだ」


 ガン無視して食事を続ける。精霊も食べているが余り目立っていない様だ。

 ご機嫌そうに肉をもしゃもしゃと食べているが、のんびり食べているせいだろうか。

 ともあれまだ満腹には程遠い。料金は確りと払ったので後ろめたさも無い。


 払った分は食べる為に黙々と食べ続けていると、がしゃあんと音が鳴った。

 目の前から料理が消え去り、槍が俺の目の前にある。

 テーブルに有ったはずの皿は床にぶちまけられ、全て割れてしまっていた。


 それを見ていた女将は、騎士達に鋭い視線を向けだした。

 槍を持つ相手に対し、明らかに無力な一般人とは思えない雰囲気で。


『もったいなーい!』


 精霊は床に落ちた料理だろうと気にせず、うまうまと言いながら食べている。

 もったいないか。そうだな、それは同意する。この料理を無駄にするのはもったいない。


「貴様、舐めているのか! 領主様がお呼びだと言っている! すぐに立て!」


 無言で席を立つ。


「ちっ、やっと動いたか。とっとと来い」


 俺に背を向けて歩き出す騎士を無視し、しゃがんで料理を手に取る。

 そのまま口に運んで租借し、やはり美味いなと思った。

 掃除が行き届いているから、床に土の類も無いからじゃりじゃりしない。


 朝方だからまだ余り人が歩いていないのと、席が端なのも要因だろう。

 ともあれ美味い料理のまま食べられている事は僥倖だ。

 流石にスープの類は俺も厳しいが、それらは既に食べ終わっている。


 残っているのは全て固形物なので、全部食べ切れるだろう。

 モグモグと咀嚼して飲み込み、また拾って精霊と一緒に食べる。

 ・・・精霊ならスープが散乱していても飲み干しそうだな。


『ねー妹、おいしーね!』

「そうだな」


 普段なら精霊に同意などしないだろうが、こればかりは否定できない。

 美味い物は美味い。これの為に金を作りに行った様なものだからな。


「っ、何なんだ、この汚らしいガキは!」


 後ろが煩いが知らん。俺は兎に角腹が減っているんだ。

 なのに料金を払った料理が食べられないなどあって堪るか。

 最低でも提供された分は全て食べる。精霊に1割ほど取られてはいるが。


「おいっ、本当にこのガキがミクという娘なのか!?」

「はっ、はい、そ、そうです、騎士様・・・」


 そこで騎士は怒りの叫びを看板娘に向ける。

 看板娘は怯えた表情を見せ、次の瞬間厨房の奥から強い殺気を感じた。

 同時に騎士達の背後で、冷たい目をした女将がゴキリと拳を鳴らしたのが見える。


 それらを確認をしながら、スッと立ち上がって騎士を睨んだ。


「っ、なんだ、その目―――――が、はっ・・・!?」

「煩い」


 先頭の騎士の腹を殴り、鎧をへこませ肉まで届かせる。

 くの字に折れた騎士を見た他の騎士は、皆呆けた顔で隙だらけだ。

 そして正気に戻る前に俺に殴られ、全員同じ様に崩れ落ちる。


「女将、迷惑をかけた。表に捨てて来る」

「はっ、気にしないで良いさ。何なら私が捨てて来ようか?」

「いや良い。俺に用だったらしいからな。俺がやるのが筋だろう」


 騎士達を適当に握って引きずり、宿の外に投げ捨てる。

 当然だが雑に投げ捨てたので、恐らくそれでも怪我をしただろう。

 だが知った事か。こっちは朝食の邪魔をされたんだ。


 騎士達と共に来たらしい車で待っていた御者は、その様子にぎょっとしていた。


「連れて帰れ」

「は、はひっ・・・!」


 御者には鎧を着た男達は重かった様で、乗せるには時間がかかりそうだった。

 なので面倒だなとは思いつつも、全員車の中に叩き込む。

 その際に車がバキバキと鳴った気がしたが知った事か。


 車が走って行ったのを確認してから食堂に戻ると、突然拍手に包まれた。


「かっこよかったぜ嬢ちゃん!」

「おお、スカッっとしたぜ!」

「騎士だからって威張り散らした野郎には良い薬だろうよ!」

「こいつは俺のおごりだ。食え食え!」


 ・・・別段客を喜ばせたつもりは無かったが、奢られたので良しとするか。

 そう思いもしゃもしゃと食べていると、更に追加で料理が出て来た。


「サービスだ。娘を気にかけてくれて感謝する」


 初めて旦那の顔をちゃんと見たが、傷だらけで歴戦の戦士という顔をしている。

 だがその表情はやけに優しく、ついでに俺の頭を撫でて行った。

 別に看板娘の事も助けたつもりは無かったが・・・まあ良いか。美味い。


『妹、良かったね。楽しそう』

「・・・ふん」


 何を言っているのかこの精霊は。良いから適当に食ってろ。

 そうして朝食を終えた所で、朝早くから出ていたゲオルド達が戻って来た。


「おう、ミク。おはよう」

「ああ、おはよう。用は終わったのか?」

『おはよー!』

「あー、まあ、とりあえずな」


 彼らは組合に次の仕事の相談に行ったらしい。

 人の多い朝方の、それより早い時間帯に三人揃って出て行った。

 どうも早過ぎると人は少ないらしく、受付との相談が早めに長く出来るそうだ。


 まあ同じ様に考える人間も居るらしいので、物凄く少ないと言う訳ではないらしいが。


「なんかやけに食堂が騒がしいんだが、何かあったのか?」

「馬鹿共が俺の食事をぶちまけて無駄にしようとしたから、殴って放り出した」

『捨てて来たー!』

「あー、成程なぁ。まあそれぐらいなら、常連客にとっちゃイベントみたいなもんだろう。ミクが動いてなかったとしても、女将さんか旦那さんがぶちのめしてただろうし」

「確かに、そんな気配はあったな」


 旦那も女将も、相手が騎士な事など関係ない、という様子に見えた。

 俺が動かなくても二人で叩きのめしていた気がする。


「あの二人は元組合員なのか?」

「さて、良くは知らねぇ。初めて会った時から宿屋の女将と旦那だし、別に過去の事を詮索する必要も感じねえしな。気が付いたら娘産んでたぐらいだ、俺が知ってるのは」

「・・・そうだな。今のは俺が無粋だった」


 他人の過去など、本人が喋らない限り聞くような事でもない。

 それか情報収集として聞いておかないと面倒な時か。

 この宿は清潔で過ごしやすく、料理も上手く料金も少々高いが手頃。


 それさえ解っていれば、俺に困る事は何も無い。


「さて、俺は今から食べに行くけど、ミクはもう食べ終わったんだよな?」

「ああ、何時も通り美味かった」

『満足ー』

「だろうよ。んじゃまたな」

「ああ。また」


 ゲオルドが食堂に向かい、ヒャールも軽く挨拶をしてから付いて行く。

 セムラは俺が居ない事に残念そうだったが、朝食抜きは嫌な様で食堂に向かった。

 とはいえ食事を終えた後、部屋でのんびり過ごしていた俺に抱きついて来たが。


「・・・なあセムラ、お前俺の部屋に居る事の方が多くないか?」

「だって、ミクが要るし」

『妹が要るし!』


 ・・・俺が要るってなんだそれは。セムラは時々良く解らない。


「ミク、今日は魔獣狩りに行かないの?」

「今日は少し休む事に決めていた」


 組合の支部長と一応和解してから数日、俺は毎日街の外で魔獣を狩っている。

 俺が欲しいのは魔核なので肝心な物は売れないが、他の素材だけでも中々の収入だ。

 依頼を受けての狩りではないので、需要という点で少しだけ安く買われているが。


 それでも魔獣素材は有れば有るだけ良いらしく、買い取ってくれるのは助かっている。

 因みに解体に関しては、数回失敗したが今は問題無く出来るようになった。

 元々出来なかった訳ではないし、この世界の獣に慣れさえすればそんな物だろう。


 ただ続けて魔核を食べた影響なのか、昨日少し気持ち悪くなった時が有った。

 体が受け付けるのに時間がかかっている様な、そんな感覚を覚えて。

 なので念の為様子を見ようと今日は休みにして、とりあえず今のところ不調は無い。


 とはいえ休むと決めたからには、今日はもう休むつもりだが。


「じゃあ今日はミク独り占めだ」

「どうしてそうなるのか知らんが・・・まあ寝転がるだけだから好きにしろ」

『わーい、お昼寝だー!』


 お昼寝。まあお昼寝か。まったり昼寝も悪くは無い。

 背後から抱きしめられて伝わる体温が、やけに眠気を誘って来る。

 そうして目を瞑って眠り――――――コンコンと叩く音で目が覚めた。


「・・・誰だ」


 セムラの腕の中から抜け出し、扉を開けると先程の連中と同じ装備の男。

 思わず不機嫌な目を向けると、男は一歩下がって膝をついた。


「ミク殿とお見受けする。先程の者達の無礼は既に聞いております。先ず謝罪を。その上でどうかお願い致します。我が主が貴女をお呼びです。ご同行頂けませんか」


 ・・・今度は丁寧に来たが・・・面倒だな。


「断る」

「え」


 そのまま扉を閉めて、もう一度ベッドに転がった。

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