第34話、ミク対策
食事を終えた俺はどこへ向かうかと言えば、当然ながら支払いの金を作りに宿を出た。
ただ宝石を換金に向かいはせず、派遣組合へと向かうつもりだ。
支払いの事情をゲオルド達に話した結果、報酬が振り込まれてるはずだと言われて。
何より俺が倒した魔獣の魔核だ。あれを組合経由で渡される事になっている。
これは他の魔獣素材の売り上げ金額と同じ様に、商人達が不正をしない為の処置だとか。
仲介である組合を通す事で、不正があった際の抗議がしやすい様に。
当然ながら人間のやる事にはミスがあるので、わざとではない問題も起きる時はあるが。
本音を言えば、昨日の事を考えると余り組合に行きたくはない。
だが魔核と金の事を考えると、やはり組合に行く方が正しい行動ではある。
「お前達は組合に用は無いだろう。何故ついて来る」
そんな訳で組合に向かう俺だが、何故かゲオルド達も付いて来ている。
彼らは依頼を受ける時に、ついでに報酬も受け取る予定だと言っていたはずだ。
だが数日休んでから依頼を受ける予定とも言っていたので、組合に行く理由は無い。
「まあ用は無いけど気になると言うか」
「昨日の事を考えるとどうしてもねぇ」
「私はミクと一緒に出掛けたいだけ」
ゲオルドとヒャールの言う事は解るが、セムラは何が楽しいのやら。
今も何故か俺と手を繋ぎ、ニコニコしながら付いて来ている。
因みに精霊は寝ていたので放置した。本当にアイツは何なんだ。
「そういえばミク、聞いて良いのか解んねえけど・・・結局昨日のアレは何だったんだ?」
「・・・どれの事だ?」
「ほら、勝手にカップの茶が無くなったり、支部長が吹き飛んだりしただろ」
そう言えばその辺りの事は、結局話していなかったな。
あの時は支部長に態々説明するのが面倒なだけだったが。
「あ、勿論話せない事なら無理に話さなくて良いからな」
「いや、別にそういう訳じゃ無い。アレは・・・精霊だ。何故か俺について回る精霊がやった」
「精霊・・・凄いな、精霊付きなのかミクは」
「凄い事なのか?」
「そりゃそうだろう。精霊って言えば、大体は人間なんかより凄い力を持ってるもんだ。そんな精霊が気に入ってついて回ってるなんて、それだけで一目置かれる事だぜ」
成程、そう言われると確かに凄い事の様に思えはする。
実際事実だけを考えれば、昨日も凄まじい力で俺の敵を殺そうとしたしな。
だがあの精霊の言動を全て理解していると、どうにもげんなりした気分が強い。
「じゃあ、今も傍に居るのか?」
「いや、寝ていたから放置して来た」
「・・・精霊って寝るの?」
「解らん。とりあえずあいつは寝る」
そもそも精霊というのも、感覚的にそう理解出来ているだけだからな。
アレ以外の他の精霊がどうなのか、と聞かれても俺には何も解らん。
そもそもその点を考えると、俺にも睡眠は必要なのかという疑問が残る。
いや、必要か。あくまで持っているのは力で、体は生物なのだから。
そんな事を考えていると、セムラが興味深そうに口を開く。
「どんな見た目なの?」
「見た目は小人だな」
「可愛い?」
「・・・まあ、見た目は、可愛い、と思う」
「見た目は? 何かダメな所が有るの?」
「いちいち騒がしい。昨日の茶も、自分の姿が見えてないのに数が足りないと言い、そもそも数が足りないのは俺の分が無いんだと言い出したり・・・色々面倒くさい」
「へえ、静かなミクには丁度良いかも」
「勘弁してくれ」
クスクスと笑うセムラに、やはりげんなりとした気分で返す。
それに俺は、そんなに静かでも無いと思うが。割と良く喋る方だ。
「後で絵にして見せて。気になる」
「・・・描けたらな」
「ん、それで良い」
絵か。一応経験はあるが、その経験がこの体でも使えるかは解らん。
そう言えばそもそも、紙はこの世界ではそこそこ金がかかるのでは。
まあ良いか。出来なくても別にも問題は無い。
そうして歩く事暫く、一番人の多い時間を少しずらしたのに、まだ人の多い組合に付いた。
同時に俺へ視線が集まり、ざわざわとした空気が組合に広がる。
「あれか?」
「あれだろ」
「おい、下手に目を合わせるな」
「おいおい、本当に居たぞ」
「あんな小娘が本当に?」
「でも特徴は合うよな」
「おい止めとけよマジで。俺は巻き添えになるの御免だぞ」
「けど本当にあんなガキがそんな事出来るのか?」
「知るかよ、興味も無い」
そんな感じの会話がそこかしこで聞こえ、恐らくは昨日の事が原因だろう。
昨日の今日ではあるが、既に俺の事は広まっているらしい。
当然ながらというか、俺の事に興味を持たない人間も居るみたいだが。
「あー・・・アレも原因っぽいな」
「ん、何か見つけたのか?」
ゲオルドが顔を向けている方向には、大きな掲示板が貼ってあった。
色々な連絡事項や、組合員同士の連絡など・・・その中に一つ気になる物が見える。
「・・・ミクという少女に絡んだ者は、たとえ大怪我をしても組合は一切の補助をしない。自己責任で行動するべし。これは警告と同時に組合員を想った忠告でもある」
掲示板に張られた紙の一つに、俺の似顔絵とそんな事が書かれていた。
何だアレは。まさか昨日の事での対処がこれか。
殆ど晒し者と変わらんぞこれは。というか、これはこれで問題が有るだろう。
もし俺から理不尽に誰かに絡む事でもあれば、その罰則はどうするつもりだ。
「あの女はアホなのか」
思わずそんな言葉が漏れたのは、絶対に仕方のない事だと思う。
「あ、アホって、貴女に面倒がかからない様に、組合員にも被害が行かない様に、昨日必死に考えて作ったのに。これで貴女に絡む人は減るだろうし、貴女にも損は無いでしょ?」
そんな俺の声が聞こえる距離に、そのアホ女は立っていた。
こんな物を張ったとしても、それでも絡んでくる馬鹿は間違いなく居る。
だが組合が警告を出したという事は、俺に対して組合が肩を持っているという事だ。
なら組合との関係を悪くしたくない人間は、確かに俺には絡まなくなるだろう。
「・・・そうだな。絡まれはしなくなるかもな」
ただし表立っては、という事がこの女の頭の中には無いのだろうか。
これはこれで絡まれる要素になるぞ。それこそ街の外で。
そもそもこんな物を公表した時点で俺を優遇すると言っている様なものだ。
なれば不満を持つ組合員も当然出て来るし、それを抑える必要も出て来る。
そんな簡単な事すら思い浮かばずに行動したのかこいつは。
「色々と問題がある事は自覚しているわよ。けどまずは、貴女に誰も絡まず、貴方も下手に手を出さなくて済む状況が必要だと思った。これでまだ貴女に絡むなら・・・私は知らない」
「・・・成程、そういう事か」
つまりは、証拠が残せない様な絡み方をすれば、殺されても関与しないという事だ。
そして当然ながら、解り易く絡んで来た人間も組合としては知った事では無いと。
弱者の救済になる様な対処ではないが、俺が強者という前提の対処は出来たと。
もし俺が死んでしまっても組合に損は無い。むしろ厄介払いになる可能性もある。
だがこの警告の中で俺が力を示せば、組合も先に忠告をしていたという体で動ける。
アレは触ってはいけない強者だと言っておいたのに、何故馬鹿な真似をしたのかと。
つまりお互い被害を被らない為に妥協点を探った結果か。
昨日は自覚のない悪党だと思ったが、多少は自覚が出て来たじゃないか。
「良いんだな?」
「良いわよ。私だって殺されたくない。それに職員と真面目な組合員の命の方が大事だわ」
「そうか、そういう事なら・・・晒し者になった事は我慢しよう」
「うっ、だ、だって仕方ないじゃない。確かに私だって初期対応は良くなかったとは思うけど、貴女だって色々と酷いと思うわよ。組合員なんだから少しは譲歩してくれても良いじゃない」
「だから今、譲歩しただろう」
女は昨日の事を思い出したのか、若干半泣きになりながら言う。
他の者が見てる前で良いのかと思うが、男共の視線は殆ど胸に向いているな。
しかし昨日の今日でそれが言えるとは・・・この女思ったより強かだな。
「昨日泣きじゃくったのも演技の内か」
「・・・あんな姿、演技でみせる訳無いじゃない。恥ずかしい」
「どうだかな」
力不足のアホ女と思ったが中々どうして。
俺から戦意と敵意を削ぎ、手を繋ぐ方向へ即座に舵を切った。
少なくとも今の俺は、あれだけの怒りを持続させる事が出来ないでいる。
これが無意識の行動というのであれば・・・先代の目は侮れないな。
「ああでも、これを決める為に領主様に話を通したから、近い内に領主館へ呼ばれると思うわ」
「は?」
何を言い出すんだこいつは。そんな思いで目を向けると、支部長は少しのけぞった。
「し、仕方ないじゃない。貴女の苛烈さを考えたら、話を通しておかないとややこしい事になりそうなんだもの。あ、貴女だって別に犯罪者になりたい訳じゃないでしょ?」
「・・・それはそうだが」
恐らく俺が仕事を真面目にやっていた事を考えての言葉だろう。
確かに俺がなりたいのは悪党であって、犯罪者になりたい訳ではない。
生き方を通す上で犯罪者になるのは仕方ないが、そうでなければ避けたい事ではある。
そこはこの女の言う通りだが・・・また領主と関わる事になるのか。面倒な。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます