第30話、精霊
「どうぞ、粗茶ですが」
『なんだとー!? 一番良い茶を持って来い!』
差し出された茶を見て騒ぐ精霊を、げんなりした気分で見つめる。
あれだけ暴れても寝ていたのだから、もう永遠に寝ていたら良いのに。
そもそもお前さっき起きたばかりだから、何でこうなってるのかすら解ってないだろう。
『それに数が足りないじゃないか! 妹の分はどこだー!』
無いのはお前の分だよ。お前が誰にも見えてないんだよ。
『全くもう』
「「「「「え」」」」」
だが精霊はそんな事を一切気にせず、カップを持ち上げてごくごくと飲む。
その光景に驚いたのは、当然ながら俺以外にこの部屋に居る面子。
ゲオルド、ヒャール、セムラ、組合の女、そして今茶を入れた女だ。
その五人が浮いたカップと、無くなっていく中身を見つめている。
「なあ、俺、なんか幻覚でも見てんのかな」
「い、いや、僕も同じ物を見ていると思うけど・・・」
「ミク、手品?」
「俺は何もしていない」
目の前の光景が理解出来ないという様子で、セムラだけは少々冷静だ。
とはいえ俺が何かをした訳ではなく、ただ精霊が茶を飲んでいるだけなんだが。
『ぷはー! 美味しかった! お代わり!』
カップを置いた精霊は、茶の味に満足したのかお代わりを要求。
だが当然その声は届いておらず、けれど精霊は特に気にしていない。
カップを置くとトテトテと歩き出し、別のカップからお茶を飲み始めた。
「・・・ねえ、貴女、絶対何か居るのが見えてるわよね?」
そこで組合の役職女が声をかけて来て、問いかけは確信を持った様子だった。
「何故そう思う」
「だって貴女の目線が、次のカップを追いかけていたもの。動いてからじゃなくて、そのカップが動くのが解っていたわよね?」
良く見ているな。いや、管理職の立場にあるからこその観察眼という所か?
「何故それを教えなければいけない。貴様に教えて俺に何の得が有る」
「それは・・・そう、だけど」
当然の様に話しかけて来ているが、俺はまだ貴様の事を許したつもりは無い。
ゲオルド達の顔を立てただけであって、未だに敵になる人間と思っている。
殺意こそ見せずにはいるが、敵意を隠す気は一切無い。
そんな相手に丁寧に話してやる様な事など何も無い。
「それで、俺をこの部屋に呼んだ理由は何だ」
あの騒動の後、少し話をしたいと言われ、組合の奥に連れて来られた。
俺は反射的に断ったが、ゲオルド達が物理的に背中を押した結果ここに居る。
むしろセムラは途中から俺を抱きかかえていた。
この場に居るのは俺の意思ではなく、仕方なく居るだけの話だ。
そこで精霊が目を覚まし、お茶を飲んでいるという状況になっている。
「そうね、確かにそっちの話の方を優先するべきね」
女は少し溜め息を吐き、茶で喉を潤してから続きを口にする。
「貴女の考え方を聞いておきたいと思ったのよ。確かに先程の事は、貴女の事を考えない言動をしたと認めるわ。それでも貴女の行動は過激過ぎるもの。どれだけ本気で言った言葉かは解らないけれど、組合員をみなごろしにするなんて、普通の感覚で言える事じゃないわ」
「なら普通ではないだけだろう。本気で言ったからな」
普通じゃない。普通じゃないか。それは良い。
悪党として生きている俺は、普通の枠に居なくて当たり前だ。
何をもって普通と言っているのか知らんがな。
「貴女は私が貴女を殺すと言っていたけど、私にそんなつもりは無いわ。それでも貴女は私を殺すというの?」
「貴様自身が直接手を下さずとも、貴様の意見を聞いた誰かが手を下す。先の挑発を許すのであれば、いずれその先の行動を行う者が出る。貴様は俺にそれを我慢しろとぬかしたんだ。ならば死ねと言っているのと同じ事だろう。こんな命の軽い世の中では特にな」
街の外が危険なこの世界で、魔獣が居るこの世界では、外で行えば証拠が見つけにくい。
我慢をして付き合って、協力して、一緒に居る所を襲われるなんて事もあり得る。
この体であれば早々負けはしないだろうが、それは単に俺が強いから何とかなるだけの話だ。
もしこの女の言う通り我慢をして、そして俺が抗う力も無い弱者であれば。
延々と連中に絡まれ続け、そして反撃も許されない生活が続く事になる。
それがエスカレートしないと何故言える。下手をすれば殺されると何故解らん。
責任ある立場なら尚の事、咎めるべき人間を咎める必要が有るはずだ。
それを放棄して俺を注意したこの女は、少なくとも義務を果たさない悪党の類だ。
ならば俺はそんな悪党の糧になってやるつもりは無い。
「それは、流石に言いすぎだと思うんだけど・・・」
「そう思うならそれで構わない。俺は貴様とは相容れないというだけの話だ。今後もし貴様が俺の敵になったと判断すれば、その時は確実に貴様の命を狙う。それだけの話だ」
「だ、だから、私は貴方の敵になるつもりは無いと―――――」
「貴様に無くとも、貴様の発言で周囲が敵になると今言っただろうが!」
ああ、苛々する。何度同じ事を言わせるつもりだ。
敵になるつもりが無かろうが、俺にとっては敵になるんだ。
貴様が責任ある立場である限り、その発言の重みを理解していない限り。
俺はそのふざけた規律に縛られる気は無い。我慢して殺されてやる気は無い。
「解っていない様だから、もう一度言うぞ。お前は立場有る人間だろう。その人間の迂闊な言葉でも周囲は忖度する。結果一人の人間が死に至る事も有るんだ。自覚が無いというのであれば、俺はお前の話を聞く意味も無いし、価値など欠片も見当たらん」
抑えようと思っていた殺意が溢れる。何も理解していない女に敵意をむき出しにする。
余りにも腹立たしすぎて感情が上手く抑えられない。ああ、本当に、腹立たしい。
俺は何時だって、こういう連中が要因で殺されて来た。その事を思い出してしまって。
この女の場合は自覚がないだけだ。自覚のない悪党だ。不愉快が過ぎる。
『お前、妹に何をした』
「・・・は?」
ただそこで、精霊がやけに低い声でそう言ったのが耳に入った。
思わず目を向けると、表情を無くした精霊が女を見ている。
『妹が嫌がる事をしたな』
「げはっ!?」
「支部長!」
精霊から突然膨大な魔力が放たれ、組合の女が壁まで吹き飛んだ。
壁に打ち付けられた女は痛みで呻き、お茶を持って来た女が駆け寄る。
ああ、この女が支部長だったか。ならば尚の事発言の重みは大きい。
『許さない。妹を虐める奴は、死んじゃえ』
「「「「「――――――っ!」」」」」
それはきっと、この部屋の誰もが感じられる程に強大な『力』だった。
きっと俺以外精霊の姿は見えていない。けれど放たれる力だけは感じられる。
そしてその力が放たれた瞬間、女が肉片になる未来も予想できた。
力を向けられている女はきっと、誰よりも明確に想像出来ているのだろう。
表情が絶望に染まった、どうにもならないという顔をしている。
「―――――ふん!」
『あいたぁ!?』
ただその力の塊を打ち抜くように、力を込めて殴り飛ばした。
すると何時もなら吹き飛んでいくはずの精霊が、その場で仰け反るだけで終わる。
精霊は痛い痛いと頬をさすり、ぷくーっと頬を膨らませた。
『何するのー。兄は妹の為にいじめっこを撃退する所だったのにー』
「これは俺の殺し合いだ」
『むー・・・ふーんだ。兄はもう手を貸してあげないもんねー』
「それで構わん。むしろ手を出すな」
『ぶーぶー』
不満そうな精霊だが、大人しくなったと判断して放置だ。
確かにこの女の発言で嫌な思いはしたが、これは俺のやるべき事だ。
どれだけ嫌だろうと、他者の手など借りる気は無い。
しかし、精霊が俺の感情に反応するとは・・・今までも苛ついた事は有ったはずなんだがな?
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