第29話、殺意
受付の人間は、奥にある扉の中へと消えて行き、少しすると戻って来た。
ただし一人ではなく、やけに色っぽい服を着た女と一緒にだが。
その女が現れた事で周囲がざわつき、皆が女へと視線を向けている。
「貴女がミクさんかしら?」
女は受付越しに俺を見て、鋭い視線で訊ねて来た。
気のせいでは無いと思うが、少々威圧されている様だ。
「そうだ」
だがそんな物どうという事も無い。
むしろ加減されている様に感じるしな。
「・・・普通の子供ではなさそうね」
そんな俺を暫く見つめた女は、胸を抱える様に腕を組んでそう言った。
数人の男共は「おおっ」と声を漏らし、受付嬢や女仲間に冷たい目を向けられている。
声を漏らさなかった者にしても、明らかに欲望の籠った視線が見て取れた。
俺はと言えば・・・男女どうこうの前に、人間なのかも怪しいからな。
過去男であった頃の記憶も有れば、女であった頃の記憶もある。
義務で子供を産んだ事もある身としては、男女特有の感覚など最早遠い。
その割には子供感覚に引っ張られている気はするが・・・これも理由を考えた。
俺は今生で初めて好きに生きる事を決め、自分を律する事を止めている。
となればある意味で、本当の子供になっているのかもしれないと。
あくまで予想でしかないが、あながち間違ってないとは思う。
俺は最初の人生の時点で、規則に縛られる人間だったからな。
「ミクの事を疑ってるなら、俺が証言するぜ。それに一緒に護衛してた連中も、同じ事を言うはずだ。今回の護衛の中で一番強かった。ミクが居たおかげで今までで一番楽だったってな」
ただそんな空気の中、ゲオルドが女に対してそう言い放った。
その事に少し驚き、俺も女も彼へと視線を向ける。
「彼女の実力を疑っておられるのでしょうが、それは止めておいた方が良いかと。有能な組合員を捨てる事になりかねませんよ。少なくとも彼女は、この辺境では有用な人員でしょうし」
「それに、ミクに喧嘩売ったら、死ぬ」
そして追従する様にヒャールがそう答え、セムラは少し俺を勘違いしている。
俺は喧嘩では殺さん。殺し合いでは容赦をしないだけだ。
今はある程度力加減も覚えて来たしな。
・・・まあ、相手をするのが面倒になれば、どうなるかは解らんが。
「あの小娘がアイツらより強い?」
「冗談だろ?」
「じゃあ、アイツらが弱すぎるだけじゃね」
「あの嬢ちゃんに喧嘩売ったら死ぬとか、どれだけ弱いんだよ」
「いや、そんな奴らが辺境に来られるか?」
「他の護衛におんぶにだっこなら行けるだろ」
だがゲオルド達の言葉を信じる所か、侮った様子が見える発言が耳に入った。
むしろ今回の護衛依頼は、ゲオルドが居たからこそ上手く行っていたのに。
まとめ役だったこの男が上手かったからこそ、誰一人被害を出さずに辿り着けた。
そうだ。生真面目に、俺の事すら気にかけていた、この男が居たからだ。
ゲオルドを補助する二人が上手く協力していたからこそだ。だというのに。
「いま、この三人を馬鹿にした連中、前に出ろ。全員殴り倒してやる」
それは、最初自分の口から出た物だとは気が付かなかった。
誰が言ったのだろうと、自分で言っておきながら疑問を持ってしまった程に。
ただ誰の発言か自覚した時には、ハッと鼻で笑う大柄の男が前に出て来た。
「俺の事かぁ?」
男は明らかに舐めた様子でニヤニヤとしながら近づき、そして頬を差し出して来た。
「ほれ、ここだぞ。その小さいお手手でやってみ――――――」
だからそのまま殴り飛ばし、人の壁も一緒に軽く倒れて行った。
殺さない様に加減はしたので、頭は吹き飛んでいない。
だが頬の骨は砕けているだろうし、意識も完全に飛んでいるはずだ。
「次は、誰だ」
もう自分が何をやっているのか、今一解っていない自覚はあった。
だがどうにも腹立たしく、そして止まる気も一切起きない。
そのまま数歩前に足を踏み出すと、今度は険しい顔の男達が前に出た。
「上等じゃねえか。うちの仲間に手を出して、覚悟でべっ――――」
口上など聞く気が無い。前に出て来た時点でやる気なのだろう。
ならばそいつも殴り飛ばし、ついでに一緒に前に出て来た連中も殴る。
顔を、腹を、顎を、背中を、わき腹を、頭部を、肩を、足を、腕を。
構える前な事など知った事かと、目についた奴から殴り飛ばしていく。
「次はどいつだ!」
けれど怒りは溜まっていく一方で、倒れた男達から視線を切って叫んだ。
その叫びに対し、前に出て来る者は居なかった。
だが視線を泳がせた男達が居た事を、俺は見逃していない。
「そこの貴様、貴様もだ、前に出ろ。貴様らはゲオルドを馬鹿に出来る程度には強いのだろう。ならばそれを証明してみせろ。馬鹿に出来るだけの実力を俺に見せてみろ!!」
吠える様に叫ぶと、男達は「ひっ」と小さな悲鳴を上げてへたり込んだ。
それ所か、その男達の近くに居た者達も脅えが見え、俺から後ずさっていく。
「そこまで!」
そこで、パァンという音が響き、視線を向けると先程の女が手を叩いた様だ。
俺に対して険しい視線を向けており、受付から出てつかつかと歩いて来た。
「やりすぎよ」
「何処がだ」
「彼らを馬鹿にしていない者にまで威圧を放つのは、やり過ぎではないかしら?」
・・・それは、確かに、そうだな。関係の無い者に迄威圧を放ってしまった。
その点を責められると反論が出来ないと思い、少しだけ高ぶった感情が冷えて来る。
「それに、すぐに手を出すのは感心しないわね」
「だが先に挑発したのはむこうだ」
「それでも、先に手を出したのは貴女でしょう」
「ほう、そういう事を言い出すのか。ならば貴様らが余計な事をしなければ、そもそもこの事態は起きなかったはずだが。確認するにしても、俺を奥に呼ぶなりすれば良かっただろう」
周囲の連中は、俺を組合員とすら思っていなかった。興味も無かった。
そんな中で役職持ちに見える目立つ女が出て来て、態々俺を目立たせたんだ。
結果がこれだ。自分に責任は無いなんて、そんな事は言わせんぞ。
もし口にすればこの女もあの男共と同じだ。容赦なく殴り飛ばす。
「それに関しては謝罪します。貴女の力を疑った事は申し訳なく思います。間違いなく貴女には辺境でやって行けるだけの実力がある。試すにしても貴女の言う通り、別室でやるべきだったと思うわ。彼らにも申し訳ない事をしたと思う。だから・・・拳を開いてくれないかしら」
女はそんな俺の意図を理解してか、それでもただ俺が暴れない様にか。
どちらかは解らないが、謝罪を口にしてゲオルドに目を向けた。
「俺達は別に気にしてねえさ」
「ええ、特には」
「私はむしろ、ミクもっとやれと応援し――――」
「「ちょっと黙ってような」」
ゲオルドとヒャールは笑顔で返したが、セムラは発言を途中で抑えられた。
その様子に思わず苦笑し、気分が軽くなっている自分に気が付く。
・・・あらかた殴り倒して気分が晴れたのだろうか。多分そうだろう。
「それでも、余り組合員を潰されても困るわ。多少の喧嘩程度なら見逃せるけど、あの負傷を多少の喧嘩とは言えないでしょう。貴方ならもう少し手加減が出来たのではなくて? 組合員として登録して仕事を続けるつもりなら、周りとの和も必要よ。多少は我慢なさいな」
だがその言葉で、落ち着いてきたはずの言葉がざわついた。
むしろ抑えきれない感情が溢れ、女の事を睨む。
「成程、やられても我慢しろと言うのか。貴様はおそらく責任ある立場だろう。ならばその言葉は組合の総意だと俺は受け取るぞ。そんな組織の組合証など今すぐ叩き返してやる。貴様は俺を拘束なり咎めるなりすれば良い。それまでに何人死ぬか知らんがな・・・!」
今度は威圧ではない。殺意を込めて女を睨む。俺の敵になるなら覚悟しろと。
この女の言った事は、今の俺の人生を否定する言葉だ。
好きに、自由に、楽しく生きると決めた俺に、理不尽を我慢をしろと言って来た。
それが正当な言葉であれば、俺とて怒りなど持ちはしない。
しかし先に仕掛けて来たの本当はどちらだ。手を出さなかっただけで奴らだろう。
連中の言葉は許され、俺の行動が咎められるのは筋が通らんはずだ。
だというのに俺を悪と断ずるならそれも良いだろう。むしろ望む処だ。
俺は悪党になると決めたのだからな。最後の最後まで悪党として貴様に抗ってやる。
「ま、待ちなさい! 何を言っているの貴女は!」
「貴様こそ良く考えて物を言え。上に立つ者として驕った言葉など聞く気も無い」
この女は今、俺を組合員と考え、上から物を言って抑えようとした。
組合内での面倒が起きるのを嫌がり、不快な思いを俺に我慢しろと。
それは俺が今までされ続けて来た事だ。そして従った結果死んで来た事だ。
これが受付一人の発言ならまだ良い。だが立場有る者の発言は組織の言葉になる。
ならば絶対に聞き入れる訳がない。組合証の利便性など知った事か!
「先ずは貴様を殺す。それから組合員もだ。一人も残らず殺してやる」
俺を殺すつもりの連中は、全員殺す。殺し尽くす。殺される前に殺してやる。
「待った待った待った!」
「ミクさん落ち着いて!」
「はいはい、腹が立つのは解るけど、落ち着こうねー、ミク」
だが女の前にゲオルドが立ちふさがり、俺の前にヒャールが膝をつき、セムラが頭を撫でる。
いや、セムラは後ろから抱きしめているから、俺を止めたつもりなのかもしれないが。
「放せ。その女は俺の敵だと言った。敵は、殺す」
「だからミク、ちょっと待って。何でそんなにぶちぎれてんだよ。何で敵なんだ」
「その女はあの連中がした事を棚に上げ、面倒を嫌がり俺を枠に抑えようとした。そういう連中は得てして俺を殺す。ならば殺される前に殺す。それだけだ」
「よし解った落ち着けミク。ちょっと落ち着いて話をしよう。な?」
「俺は落ち着いている。まだ行動に起こしてない時点で冷静だ。その女の答えを待っている」
「あー・・・成程?」
俺が今すぐ暴れる事は無いと解ったのか、ゲオルドは俺から視線を切った。
そして女の方に目を向けると、女はビクッと少しはねた様に見える。
「確かにミクは手を出したが、あれでも大分手加減をしていた。彼女が本気ならアイツらの頭は吹き飛んでる。護衛依頼の途中で狩った魔獣が運ばれたら解るが、彼女の殴った魔獣の頭は全て存在しない。ミクにしてみれば、加減はしてやったのに咎められたようなもん、だと思う」
「そう、ですか・・・」
ゲオルドが語っている間も、俺は殺意を抑えてはいない。
もしこの女が俺の敵になるなら、本当にこのまま殺し合いをするつもりだ。
規則など知った事か。先に喧嘩を売った連中を咎めずに何が規則だ。
そんな不愉快極まる規則にもなっていない規則など、俺には従う気が一切ない。
グレーを狙う小狡い悪党が有利になる規則に従い、割を食う生き方など絶対に御免だ。
俺の意思は示した。それでもこの女が俺を抑えるなら、その時はもう容赦などしない。
俺の視線と殺意を向けられた女は、ごくりとつばを飲んでから口を開いた。
「確かに貴女の言う通り、少々上に立つ者として驕っていたのかもしれません。先に手を出したのは貴女だとしても、先に行動したのは彼らでしたね。その彼らが売った喧嘩を買い、それでも加減をして場を収めた。その事が見えていなかったと認めます。申し訳ありませんでした」
「という事だ。ミク、納得できたか?」
出来たかと言われれば、正直まだ納得できない部分はある。
だが一応、敵に回る気は無いと答えは受けた。ならば殺意は抑えよう。
「その女が俺の気に食わない手合いだという事は変わりないが、納得はした」
「とりあえず落ち着いてくれたなら、それで良いや。あー、びっくりした」
それに納得しないと、目の前の世話焼きの立場が悪くなりそうだしな。
全く・・・本当にお人よしだ。
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