第28話、商業組合と大手商会
「しかし、人が多いな、この組合は」
ゲオルド達と受付の列に並ぶが、かなりの人の数だ。
少なくとも、俺が登録をした組合の倍以上の人間が居る。
これでピークでは無いらしいので、どれだけ人が居るのかという話だ。
「まあ、魔獣の多い土地だからな、腕に覚えのある人間も多いんだろ」
「ならば組合員などやらずに、個人契約でも良い気がするが」
組合はあくまで仲介で、仲介が必要ないぐらい仕事が有るなら別の話だ。
個人で雇って貰えば安定した職になるんじゃないのか。
腕に自信があるなら常に安定供給出来るし、こうやって並ぶ必要も無いはずだろう。
「そうしてる人間も居るらしいぞ。とはいえ、そうなると色々面倒も起きるみたいでな、結局組合員に戻って仲介に入って貰う、って事も少なく無いらしいが」
「何故だ?」
「理由は様々だが・・・一番の理由となると、組合に仲介して貰った仕事をしてる様な人間が、定職について規定をこなすなんて日常に耐えられない、ってのが一番多いんじゃねえかな?」
ああ、成程。自由人共な訳だな。言われてみれば納得しかない。
本来は仲介の為の組織が、自由人が快適に暮らす為の管理職になっているのか。
とはいえそれで皆が上手く回っているのであれば、きっと良い事なのだろう。
「僕が聞いたのだと、狩猟数で無茶を言われて店主と喧嘩した、なんてのがあったね」
「私は、うちの人間になったんだが規則は絶対厳守だ、って言われて理解不能な規則を押し付けられて逃げた、って言う話を聞いた。後は報酬が約束より少なかったりとか」
「有りそうな話だな・・・」
何時の時代も何処の世界も雇う側の考えは、安く良く働く労働力が欲しいのだろう。
そして仲介組織を挟まずに雇った人間は、好きに使い潰して良いと思っている人間も居ると。
組合に仲介を頼んだ時よりも安く、都合よく働かせようと考える訳だ。
当然そうなれば、技量の高い者達は仕事を放棄するだろう。
当たり前だ。組合で普通に仲介して貰った方が楽で儲かるんだからな。
その上仕事を受ける頻度も自由と来れば、個人契約する必要は一切無いか。
丁稚奉公を使うのと同じノリで技術者を扱う馬鹿に、雇われたいと思う者は普通居ない。
「一回商業組合と揉めた事も在るらしいけどな。派遣組合は有能な人間を占有しすぎだってな。ならばその有能な人間に正しい金額を払え、って派遣組合が言ったから組合員も味方した。労働派遣組合の仕事はそういう理不尽な支払いは弾く方向だし、俺達もそれで助かってるしな」
「商業組合は黙るしかなかっただろうな」
能力が有れば有るほど、不当な評価による労働などする気も起きないはずだ。
そんな人間達にとって派遣組合の意思は、どう考えても支持するべき方向になるだろう。
なのにそれ以上文句を重ねれば、商業組合は派遣組合に居る者を完全に敵に回す。
その結果どうなるかなど、多少考えればわかる話だ。
先ず当然だが狩りの依頼を受けて貰えない。
次に商品の輸送の為の護衛を受けて貰えなくなるだろう。
そうなれば詰みだ。下手をすると、この街を出る事すら叶わない。
「それが最初は流通を盾にしようとしたらしいぜ。貴様らに商品を売らないし、貴様らの収入源である魔核の買取も輸出もしてやらないぞって」
「商人がやりそうな手口だな。それでどうなったんだ?」
「派遣組合の方で直接依頼って事で組合員に商品の輸送を頼んで、別の地域の商業組合と手を組んで金を儲けるという手段を提示したとか。本気で喧嘩を売るなら買ってやるぞって訳だ。商業組合も他の街や国の商業組合と協力はしてるが、この街の組合が機能してなきゃ味方しない」
「肝心の商品はこちらにある訳だから、強気に出る所を間違えたな」
流通が盾になるのは、その流通が自分達だけで機能していればの話だ。
派遣組合には一番金になる魔核が有り、それを必要とする場は世界のどこにでもある。
商人がその流通の協力をしないというのであれば、勝手にすれば良いと言うだけの事。
護衛が居なければ街から出れない商人など、何時か干上がって死ぬのが目に見えている。
そもそも肝心の目玉商品が仕入れられない商人に、誰が用など有るというのか。
「そこで突っぱねたら、流石に本気で商業組合を潰しにかかったんだろうが、それをすると色々と面倒な事になるのも事実だ。だから派遣組合としては、最終的に商業組合が折れた事で仲直りしましょうと言う話になった。お互いに得意な所は上手く回していきましょうってな」
「丸く収める事で、商業組合が大人しく仕事をする様にした訳だ」
もし叩き潰して本当に派遣組合が仕事を増やせば、それは儲けになるかもしれない。
だが本業ではない事を始めるというのは、問題も起こる可能性が高いという事でもある。
餅は餅屋とでも言うべきか、和解出来るなら専門職にやらせる方が面倒がないだろう。
うまい話だ。面倒はなるべく避け、自分達の仕事をやり易くしている。
「領主からの口出しもあったって噂もあるが・・・裏を取った訳でも無いし、本当の所に興味も無かったから実際は解んねえ。そんな訳で、今でもその時の確執が多少残っちゃいるが、派遣組合としては表面上は仲良く商業組合と提携している、って態勢を取って仲介してる感じだな」
領主か。そうか、よく考えればこの砦にも領主は居るのか。
今回は前回と違って普通に街に入ったから、恐らく呼ばれる事は無いだろうが。
幾ら魔獣を倒す技量を持つと言っても、この街にはそのレベルがゴロゴロ居る様だしな。
目の前にいる男も、そのゴロゴロいる人間の一人だ。
「そんな事が有りながら、未だに安く雇おうとする連中は馬鹿じゃないのか」
「そうだな。だからそういう商人達は、すぐにこの街じゃ立ち行かなくなって街を出ていくか、どこかの下働きになる事が多いらしいぜ。ケチった結果が身を持ち崩す事になる」
「仕事を誰も受けてくれないから、か」
商業組合の意向とは別に、個人で雇った人間をどう扱うかはそれなりに自由だ。
だが不当とも言える扱いの果てに待つのは、辺境での自滅という結末か。
自業自得でしかないが・・・何気に、規律が正常に機能し続けているのは凄いな。
ただそれは、この街では労働派遣組合の権力が強いという事でもある。
組合を纏める者や、そうでなくても職員達に勘違いした者が居ないかどうか。
この街は特殊な街だ。本来仕事を斡旋して貰う側の人間が居ないと始まらない街だ。
その点を理解出来ない阿呆が上に立てば・・・大変な事になるだろうな。
「ああでも一つ補足しておくと、上手くやってる連中もいるぜ。商人側もしっかりとした支払いと扱いをして、雇われた側もそれに納得して満足して働いてる感じの所も無くはない」
「ほう、気前の良い商人もいるのか」
「そういう事やってるのは大体大手の商会だな。私兵を抱える形で、半分護衛もやってる感じなんだろうな。その分支払いは本当に良いらしくて、雇い主と肌さえ合えば良い職場らしい」
雇い主と肌さえ合えばか。やはりネックはそこになる訳だ。
とはいえ支払いがしっかりしているなら、悪いのは雇われた側になりそうだが。
「そういう大手商会は、商業組合が揉めた時に派遣組合に付いたのも、商業組合が折れた理由なんだろうな。自分達と協力するはずの大手商会が味方してくれないって」
「流石大手商会といった所か」
どちらに味方をした方が利が有るか、というのが良く解っている行動だ。
大手になるだけの事はある視界の広さだ。
先の利益を考えるからこその、目先の損を取る意味を理解している。
だが気になるのは、大手商会が大人しく派遣組合の一強を許すのか、という点だが。
その時は協力するしかなかったとはいえ、万が一の対策準備をしている気がした。
いや、しているのだろう。だからこその、しっかりとした支払いをした私兵か。
「・・・突き詰めれば結局面倒な話が起きそうだな」
過去に揉めた商業組合と、その商業組合に強気な派遣組合と、自立できる大手商会。
何かが一つ間違えれば、確実に大きな騒動になる。考えすぎかもしれんがな。
そんな感じで街の事を色々聞き、そうしている間に結構な時間が経った。
「お次の方どうぞ」
「お、やっと順番が回って来たか。ミクが先で良いぜ」
ゲオルドの言葉に甘えて前に出て、組合証を受付に差し出す。
受付は一瞬、本当に一瞬怪訝そうな顔をしたが、笑顔で組合証を受け取る。
そして組合証を箱のような物に差し込み・・・明らかに眉を顰めた。
「申し訳ありません、少々お待ち頂けますか」
「解った」
・・・何やら面倒になる予感がするな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます