第31話、義務と責任

 精霊が膨れながら顔を背けているのは放置して、吹き飛ばされた女に顔を向ける。


「ケホッケホッ・・・てっきり、貴女に攻撃されたのかと思ったわ」

「俺は何もしていない」

「解っているわ。助けてくれたのよね」

「助けたつもりもない。殺すなら、俺の手でやるだけだ。他者には任せん」

「やっぱり、私への敵意は消えてないのね・・・」

「当たり前だろう、貴様が支部長だと知った今、尚の事貴様の事が気に食わん」


 普通ならば支部長と聞き、権力を持つ者相手と思い頭を垂れるのだろう。

 俺とてそんな人間相手へむやみに敵意は向けんし、むしろ関わろうとも思わない。

 だがこの女は自ら俺に関わり、そして理不尽な規則を押し付けた自覚がない。


 ならばどうしたって敵になるしかない。殺し合いをするしかなくなる。


「私は・・・むしろ貴女を守る為に、貴女に注意したつもりだったのよ」

「俺を守る為? 何だそれは、笑えない話だな」

「嘘でも冗談でもないわ。本当にそのつもりの注意だったの。もう少し穏便に解決する様にしないと、周りに敵しか居なくなる可能性がある。そうなってからじゃ遅いもの」


 言っている事は一見正しい。実際そういう事は往々にあり得る。

 だからこそ敵を作らない様に穏便に、頭を下げて立ち回る者も多い。

 だがそれとこれとは話が別だ。それは規律がしっかりしている前提の話だ。


 勿論規律に穴が有るからこそ穏便に、という人間達が居るのも解っている。

 だが俺はそれに従う気は無い。従った結果死ぬ未来しなかった俺には従えない。


「だから挑発や喧嘩を売って来る連中の相手を我慢しろと?」

「・・・その点に関しては、迂闊だったと反省しているわ。彼らを先に咎めるべきだったのに、貴女に対しての注意だけを口にしてしまった。その事は良く解ったわ」


 フン、どうだかな。口では何とでも言える。

 特にこの女からは、発言に責任感という物を感じない。

 自分の立場だから言って良い。そんな風に聞こえる言葉が多い。


 今の言葉もそうだ。自分の行動は間違っていないと、そう思っての弁明だ。

 その結果が招く事を考えていなかった。欠片も頭に無かったに違いない。

 自覚のない悪党は、良かれと言って問題を引き起こす。死者を出す。


「そうか。ならそれで話は終わりで良いか」


 だがこの女の主張など聞く気も無い。そんな話ならもうこれで終わりだ。

 話をすればする程に、ただただ不愉快になって来る。

 そんな俺の態度をどう思ったのか、女は俺の前でしゃがんで目線を合わせた。


「・・・せめて、本当に私が貴女の敵になるつもりがない事だけは、信じて欲しいの」

「敵になるつもりがない事は解っている。だが貴様の無自覚な言動で敵になると言っている」

「・・・気を付けるわ。本当に。もし気に食わない事があったならちゃんと言って。出来る限り対処するわ。それでもだめかしら」

「俺相手に戦闘は不味いからか? もし俺が弱者ならそんな対処をしたか?」

「それ、は・・・」

「言い淀んだな。それが貴様の本質だ。だから俺は貴様が気に食わないと言った」


 結局の所、この女が折れたのは、俺が危険人物だと思ったからだ。

 もし弱者相手にここまで気を遣うかと言えば、確実にそんな事は無い。

 俺が強者で、この街では有用で、敵に回すには不味い相手と判断しただけの事。


 だがこの女はその判断すら無自覚で、俺が指摘して今初めて認識したんだ。

 もしこれが自覚の有る悪党なら、言い淀む事などありえない。

 適当に「勿論」だの「当然」だのと答えるはずだ。


 もしくは、強者だからこその優遇を当然、とでも言うかだろう。

 悪党は悪党なりの生き方が在る。自覚が有ればそれなりの答えを出す。


「・・・私には、貴女の言葉も理不尽に感じるわ。その自覚はあるの?」

「当然だ。力づくで事を成そうなど、悪党以外の何者でもない行動だろう」


 何を言っているのかこの女は。俺は全部解ってやっている。

 力が有るからこそ我を通そうなど、規律ある世界ではしてはいけない事だ。

 たとえ規則が理不尽だとしても、規則は規則なんだからな。


「貴様と違って、俺は命を懸けている。この生き方の為に死ぬならそれも仕方ない」


 ただ我を通す為の掛け金は自分の命だ。その自覚ぐらいしている。

 初めて好き勝手に生きたせいで死ぬなら本望だ。

 きっと気持ち良い事だろう。我を通した上で死に絶えるのは。


 勿論簡単に死ぬ気は無いし、殺されてやる気もさらさら無いが。


「貴様にはあるのか、その覚悟が。上に立つ者として、義務を果たさなかった時に恨まれ殺される覚悟が。おそらくそんな物は持っていないだろう。良くそれで支部長など出来るな」


 特に労働派遣組合は、どう見ても荒っぽい人間の方が多い。

 そして先の挑発して来た連中の様に、咎めるべき人間も多いはずだ。

 だがそういった人間達は、咎められた事を逆恨みする。


 その結果が誰に向くのかと言えば、組合の職員や支部長に向けてだ。

 つまり義務を果たしたとしても、果たさなかったとしても、恨まれる事はある。

 組合の支部長として上に立つのであれば、両方の事柄に覚悟が無ければいけない。


 だがこの女にはその覚悟が見えない。責任ある立場に立つべきではない人間だ。


「わ、私だって、本当は支部長なんかしたくなかったわよ! でも仕方ないじゃない! 先代がお前に任せるって言ってどっか行っちゃって、仕方なく支部長やってるんだもの!! うえええええええええええええええ!! もうやだぁああああああああ!!」

「し、支部長・・・」


 そこで、女は突然泣き出した。恥も外聞も無い大泣きだ。

 流石にこの態度は予想外で面を食らい、ゲオルド達も困惑している。


「・・・実質支部長代理という事か、この女は」


 泣きじゃくる支部長を宥める女職員に訊ねると、少し困った表情の後に頷き返した。

 それはつまり、職員としてもこの女に支部長は重い、と認識しているという事なのだろう。


「他に支部長に良いのは居なかったのか」

「職員を纏められる能力が有って、ある程度の荒っぽい組合員を叩き伏せる事が出来て、それなりに人気も持ってるのが今の支部長なんです。彼女以外の職員にこの支部は厳しいかと」

「・・・成程?」


 事情を聞いたせいで、少し毒気が抜かれてしまった。

 この女はこの女なりに義務を果たしていたつもりだったのだ。

 押し付けられた役職を、身の丈に合わない仕事を懸命に。


 だからこそ本物の責任感など持てるはずも無く、ただ必死に仕事をこなして来た。

 となれば最初に見せていた余裕そうな態度も、この様子を見れば演技に思える。


「うえええええええええ! 死ぬかと思ったぁあああああああ! 怖かったああああああ!!」


 もう泣きだしてしまったのだから全部吐き出してしまえ、と言わんばかりだな。

 実際さっきの精霊の一撃は、放たれていたら死んでいた可能性が高い。

 俺も放つ前に殴ったから、あの程度で済んだだけに過ぎないしな。


 もし放たれていた一撃を止めようとしていたら・・・腕が無事で済んでいたかどうか。

 それぐらいに強い力が籠っていて、女にすれば死の恐怖しかなかっただろう。


「はぁ・・・もう良い。これではもう話し合いも何も無いだろう。とりあえずその女が役職の割に力不足だという事は良く解った。だから許すというつもりは無いが、もうどうもで良い」


 解ってみれば馬鹿馬鹿しい話だ。結局の所悪いのはこの女じゃない。

 力の足りない女に役職を押し付けた誰かが一番の元凶だ。

 勿論押し付けられたからと言って、この女の力不足が許される訳じゃ無い。


 むしろ立場が有るのであれば、力不足などただの言い訳だ。

 その場に立つ以上は、権力を得る代わりに義務と責任が付いて来る。

 だとしても大泣きするこの女にもう何も言う気が起きず、ただ脱力して来た。


「今日の所はもう出ていく。俺からも何もする気は無い。それで良いな?」

「はい、すみません。どうかお願いします」


 女職員の胸でひっぐひっぐと泣く支部長を見ながら、俺は溜め息しか出なかった。

 これでは俺が虐めた様じゃないか。何でこうなったのか、全く。

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