第26話、感謝
砦の壁が見えてから到着まではすぐだったが、門の前で足止めを食らう事になった。
どうやら俺達の少し前を進んでいた商隊が居たらしく、荷物の検分を受けている。
荷物の検分が終わるまで、俺達は門の外で待つしか無いらしい。
「問題無いだろ?」
「おう、行って良いぞ。変なもん拾うなよー?」
「お前じゃねえんだから拾わねえよ」
「んだとコラ」
少し離れた場所では、個人で出て行く者達も検分されていた。
商隊規模ではない街の出入りなどでも、荷物の検分はされるのか。
ただ顔見知りらしき人間達は、そこまでしっかりと調べられない様だが。
商隊の荷物はそれと正反対で、かなりしっかりと荷物を確認されている。
「随分念入りだな・・・」
「ここは辺境なんて呼ばれちゃいるが、ここより先に人間の街が無いってだけだ。名産も何も無い本物の辺境とは違い、多くの魔獣が居て、その排除という仕事が大量にある。となれば魔獣の素材・・・何よりも魔核を多く手に入れられる街だ。つまりは住民にも金が有るのさ」
ゲオルドの言葉に一瞬考え、すぐに答えが思い浮かんだ。
「・・・違法な物を持ち込めば高く売れる、という事か?」
「大正解」
『いほー?』
保存の為に開けないで欲しいと願った商品を、買い取るので開けると門番が言い出した。
しかも商品が積まれている物のうち、無造作に掴んだ物を選んでいる。
それを複数人でやるのだから、余程運が良くない限りは偽装しても危険そうだな。
だが、それだけ念入りに調べていたとしても、門番達の検分には穴が有る。
機械技術が発達した時代でなければ、見ただけでは見破れない隠し方が存在する。
門番達の検分が人の事を考えていればいる程、その穴を埋める事は絶対に出来ない。
例えば男にも隠せる穴が有る。女なら二つある。何なら体に埋め込む事も出来る。
もしくは消化できない物に包んで飲み込み、街中で尻から出すという手も。
最悪は死なせる気で送り込んで、到着したら腹を裂かれるとかな。
どう足掻いても違法の品の流入を防げず、そして余計に検分の空気が重くなる事だろう。
ルールを守り、人を守る人間ほど、その裏を突く人間の行動は止められない。
悪党の利益を増やす為に、真面目に生きる者が割を食う。どこまで行っても結局コレだ。
「やはり、悪党はどこにでも居るものだな」
「全くだ」
『悪党は挽肉だー!』
不愉快な気分を吐き出す俺に、ゲオルドは肩を竦めながら応えた。
どの口が言うのかと思わなくはないが、俺とは違う系統の悪党だからな。
まあ俺も俺で、俺の行動で知らない誰かに迷惑が掛かってる可能性はあるが。
あと精霊が適当に言ってるだけなのは解っているが、こいつ俺の敵にならないだろうな。
いや、大丈夫だ。どうせノリで喋ってるだけだ。問題は無い。はずだ。
「おい、少し良いか」
「ん?」
『なあにー?』
街が近いせいか魔獣が襲ってくる気配は無く、やる事も無いのでぼーっとしていた。
そこに声をかけられ、気の抜けた声を漏らしながら視線を向ける。
勿論接近には気がついていたが・・・俺の事を気に食わないと言っていた男か。
一体何の様だと怪訝な目を向けると、男は一瞬視線目が泳いだ。
その態度で余計に良く解らなくなり、思わず首を傾げる。
「すまなかった。甘く見ていたのは、俺の方だった。助けてくれた事・・・感謝する」
「・・・?」
『・・・?』
この男は何を言っているのだろうかと、ただでさえ傾げていた首が更に倒れた。
思わず精霊と顔を見合わせ、キョトンとした顔を向け合う。
俺はこの男を助けた覚えなど無いのだが・・・一体何の話をしているんだ?
「ミク、昼間、昼間にも魔獣の襲撃あっただろ」
「昼間に・・・ああ、あった、な?」
『ぶっとばしたよ!』
だから? という顔をゲオルドに向けると、何故か残念そうな顔をされた。
「俺はセムラの指示に従っただけで、それ以上の事は知らん」
『兄はいっぱい応援した!』
少し不貞腐れながらそう答えると、今度は深い溜め息を吐き出すゲオルド。
その後ろでセムラがククッっと笑い、ヒャールが苦笑をしているのが見える。
だが魔獣の襲撃が増えて来た頃合いだと、俺は本当にただ指示に従っていただけだ。
自分で考えるのも面倒だったし、指示された方向に居る魔獣を倒せばよかったからな。
「ああ、その際に助けでもしたか。だが俺はセムラの指示に従っただけで、護衛は基本的に他の者の補助をするのだろう。なら礼を言う相手は、俺ではなくまとめ役のゲオルドだろう」
俺が自分の判断で動いていれば、とにかく目の前の魔獣を倒すだけだっただろう。
だが護衛依頼に必要な行動と常識を教えたのは、他の誰でも無いセムラだ。
そして彼女が俺についていたのは、どう考えてもゲオルドの意向が有る。
ならばもしこの男が救われたというのであれば、その功績はゲオルドにある物だ。
「ははっ、凄いな、アンタ」
『そうだよ、妹は凄いんだ! まあ僕はもっと凄いけどね! 兄だし!』
すると男は何故かそんな事を言い出し、気の抜けた溜め息を吐いた。
そしてやけにすっきりした顔を見せ、深々と頭を下げる。
「じゃあせめて、侮った事は謝らせてくれ・・・本当にすまなかった」
「特に気にしていない。面倒な事を仕掛けて来た訳でも無いしな」
「そうか・・・本当に凄いな。その歳で、そう考えられるのは」
歳の話をされると、どう答えて良い物か少し悩むな。
見た目は少女だが、実質は0歳で、中身は年寄りと言って良い。
ただ体に引っ張られているのか、少々言動が幼くなっている気もするが。
スラムでムキになった時も、少し子供っぽい自分を自覚したしな。
「俺は俺の好きに生きると決めている。ただそれだけだ。何も凄くは無い」
「そうかい。まあ謝罪は受け入れて貰えたと思っておくよ。他の連中の分も含めてな」
男が親指で刺した方向を見ると、出発時に俺を睨んでいた連中が揃っていた。
そして俺の視線が向けられた事に気が付くと、皆少し気まずそうに頭を下げる。
「・・・好きにしろ。俺は気にしていない」
「解った。伝えとく・・・ありがとうな、本当に」
礼はゲオルドに言えというのに。まあ良い。俺にはどうでも良い話だ。
男は仲間たちの下へ行き、仲間達に何やら説明をしていた。
そして話を聞いた仲間たちは、もう一度俺に頭を下げて離れて行った。
「何なんだアレは」
「言ってた通りだろ。助けられて感謝したって」
「セムラの指示に従った時点で、ゲオルドとセムラがそういう風に誘導しただけだろう」
そう言って半眼を向けると、へたくそな口笛を拭いてそっぽを向いたゲオルド。
誤魔化す気が無いだろ、それは。ヒャールも苦笑いだぞ。
「ミク、迷惑、だった?」
「今ゲオルドにも言った通りだ。俺はただ指示に従ったに過ぎない。それ以上でもそれ以下でも無く、俺は何も考えてなかったんだ。迷惑も何も無いだろう」
「そっか、ありがとう、ミク」
セムラはそう言って俺を抱きしめ、暫く放す事は無かった。
そうこうしている内に検分が終わったらしく、今度はこちらの商隊の検分が始まる。
この間も一応魔獣が襲って来る可能性が有るので、長い検分を共に待つ事になる様だ。
ただ商隊というか、大本の商会が信用されているのか、門番との会話は和やかに見える。
何時も世話になっているという感じで、お互いに顔見知りという感じだ。
とはいえ検分に手を抜いていない様子が見える辺り、門番達の生真面目さが滲み出ている。
「よし、通って良いぞ」
「ご苦労様です。では通して頂きますね」
そうして待たされる事暫く、ようやく検分が終わった事で中に入れた。
これで後は荷車を置きに行けば、護衛依頼は終了という事になるだろう。
砦の中に入れたおかげか、護衛達にも緊張が緩む様子が見えた。
「ちっ」
ただ、ゲオルドを睨む男達だけは、少々不穏な様子が見て取れたが。
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