第24話、恨み
ゲオルドに逆らった男達の大半は負傷したが、戦えないという訳ではない。
だが負傷した以上は、全力で戦えるかは怪しい。
という訳で翌朝の配置は変わらず中央になり、ただ周囲のフォローを受ける事になる。
先頭や殿では、敵襲を受けた時に真っ先に壁にならなければいけない。
それが犬達の様な時間稼ぎなら兎も角、完全に殺しに来た場合どうなるか。
下手をすると時間稼ぎすら出来ない可能性がある。
ならば中央付近で周囲を警戒し、周囲と連携した方が生存率は高い、という事だ。
「お優しい事だ」
「それがゲオルドだから」
これはゲオルドの判断だ。連中が死なない様に、生きて依頼を終わらせられる様にと。
自分の実力を過信し、辺境を舐めて、自分達の判断で動いて死にかけた。
そんな連中を使い潰す事を良しとはせず、これを経験として生き延びさせると。
「それに、後々を考えれば、有効。恩を売った」
「かもしれんがな」
これでゲオルドに恩義を感じれば、連中は指示を素直に受け入れるだろう。
生き延びた事で未熟を痛感する事も出来、将来成長する可能性もある。
先の事を考えれば、連中はゲオルドのおかげで能力を上げる機会を手に入れた訳だ。
だがそれは、連中が今回の事を反省し、ゲオルドに恩義を感じればの話だが。
「俺には、アイツらがゲオルドに恩を感じる様な連中には見えなかったがな」
生き延びた後の連中の様子は、こんな馬鹿な事が有るはずがないという感じだった。
そして無傷で生き延びたゲオルドに対しては、悔しさが滲んだ目をしていた。
アレは恩義を感じている目ではない。屈辱に塗れたと思っている目だ。
「自分達が勝手に動き、自分達だけで良いと言っておきながら、恥をかかされたと思っている目だぞアレは。態々戦力が消耗する様に動かされたとでも思っていそうだ」
思い違いで逆恨みも甚だしい思考だが、そういう思考が出来る人間を良く知っている。
真面な思考をしていれば、明らかにそんな考えは持たないだろうという人間を。
俺はそんな人間達に振り回され続け、そして死に続けて来たのだから。
「下手をすれば、逆恨みでゲオルドが闇討ちでもされかねんぞ」
経験からの言葉を口にすると、セムラは否定の言葉を口にしなかった。
それどころか少し顔を俯け、俺の言葉を肯定するように頷く。
「・・・そうだね。そういう事もある」
つまりは、今までも似たような事はあった、という事なのだろう。
助けたはずが恨まれて、その恨みを晴らされる様な事が。
余りにも馬鹿馬鹿しい話だ。ふざけた話過ぎる。
「解っているならなぜ止めない」
「死者が出ると商人達の士気にも良くない。辺境に向かう者達は死ぬ覚悟が出来てるとはいえ、商隊の人間は基本非戦闘員。それに他の護衛の士気を考えても、護衛の死亡は無い方が良い」
「他の者達の為にも、か。真面目な事だ」
本当にどこまでも真面目で、真面で、優しい判断をする男だ。
そしてその際に発生した損害を自分で被るつもりなのだろう。
今回で言えば、あの男達からの恨みと妬みを。
自分達の能力が劣っているだけだというのに、ゲオルドに対し悪感情を持つ。
本当に馬鹿げた話だ。誰のおかげで生き残れたと思っているのか。
ゲオルド達が居なければ、連中は先の戦闘で既に死んでいたというのに。
後悔する時間すらなかったはずが、反省と再訓練をする時間を与えられた。
生き延びさえすれば、次に繋がるんだ。何故その感謝をしないのか。
本当に世の中は、理不尽な人間で溢れている。
「・・・やはり、悪党として生きると決めて、正解だな」
胸の内に気持ち悪い感情が渦巻き、それを吐き出す様に呟いた。
何故俺がこんな感情を抱えなければならないのか。
被害被っているのは俺じゃない。ゲオルドの判断で本人が被っているのに。
ああ、ムカつく。腹が立つ。苛々する。不愉快だ。気に入らない。
「ありがと、ミク」
「は?」
唐突にセムラが礼を口にして、その意図が解らず首を傾げる。
そんな俺に対し彼女はクスクスと笑い、優しい笑みを向けて来た。
「確かに、逆恨みを受けるかもしれない。けど今のミクみたいに怒ってくれる人が居る。だからゲオルドは頑張れるし、私達もゲオルドを支えられる。ありがとう」
・・・何だそれは。それじゃまるで、俺がゲオルドの為に怒っていた様だ。
そんなつもりは無い。俺はた・・・そう、真面な理屈を理解出来ん連中が嫌いなだけ。
腹が立ってるのはそこに対してで、別にゲオルドを気にして怒っている訳じゃ無い。
「見当違いだ。俺はただ、連中の態度が気に食わないだけだ」
「ふふっ、うん、そうだね」
だが否定をしても、セムラは解っているとばかりに笑うだけだった。
これは何を言っても無駄そうだと思い、思わず溜め息を吐く。
ただその会話をした後、少し気分が軽くなっていたのは何故だろうか。
良く解らない。自分の感情が今一自分で理解しきれていない様だ。
いや、どうでも良いか。誰が恨まれ被害を受けようと、俺に被害が無ければ。
俺は悪党として生きると決めたんだろう。なら周囲の事など放置で良い。
そういう考えが出来るから悪党になると決めたんだ。
自分が楽に生きられて、好きに生きられる悪党に。
その事を思い出した。ただそれだけの事だろう。
「所で、辺境に入ったら、野営は毎日あんな感じになるのか?」
「んー、可能性は高いかな」
「成程、退屈はしなさそうだ」
「私は出来れば退屈で居たいけど」
セムラは嫌そうな表情で口にするが、それはただ嫌なだけなのだろう。
昨日の投げナイフや、周囲への指示と判断を知ればそう思う。
彼女が俺の行動をきっちり見ていなければ、俺は他への応援に行かなかった。
そしてゲオルドに逆らった男達は、正確にはリーダー格の男は、きっと死んでいた。
今思えばあの時待機していたゲオルドは、セムラが割って入る事を信じていたんだろうな。
大した信頼関係だと思う。お互いに仲間の実力を理解し、信頼し切っている。
「まあミクが居れば、全滅って事は絶対に無いだろうから、何時もより気楽」
「随分と俺の事を買っているな」
「実力知ってれば、当然。それに他の連中も、もうミクに文句なんて言えない」
「どうかな。連中も随分と悔しげだったが」
昨日の夜、俺は他の護衛達の補助に向かい、そして魔獣を打ちのめした。
その際に助けた護衛達は、俺に対し不愉快な態度を抱いていた連中だ。
あの時は余り気にしていなかったが、後になって気が付いた。
そして連中は被害報告の際に、俺に対し悔しそうな表情を見せている。
一応恨みがましい物ではなかったが、それでも良い感情ではないだろう。
不思議な事に、ゲオルドに逆らっていた連中は、俺に対しそんな目は向けて来なかったが。
「全く、面倒な事だ。どいつもこいつも」
「そうだね、面倒だね。ふふっ」
真面な思考を持つ人間は居ないのかと、ため息ばかりが漏れる。
セムラも苦笑しながら同意し、視線をゲオルドに向けていた。
あちらは変わらず真面目に護衛依頼をしている様子だ。
「だから頼りにしてる。私達を生かして依頼を終わらせてね」
「・・・お前達は助けなど、必要無さそうだがな」
「まさか。言ったでしょ。辺境を舐めたら死ぬ。自分達なら何とかなる、なんて思ってない」
「勤勉な事だ」
辺境を舐めた者から死んでいく。それは経験者も同じだという事か。
自分達は踏破出来るという自信が、驕りになって死を招くと。
本当にどこまでも真面目で勤勉で真面な者達だ。
「戦闘だけに関しては、任せておけ」
「うん、頼りにしてる、凄く」
心の底から嬉しそうに笑うセムラを見て、また気分が少し軽くなった気がした。
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