第23話、襲撃
初日の夜は、森の奥から様子を伺う気配はあったが、それ以上の事は無かった。
焚火をしながら周囲を警戒する集団に対し、襲うという選択は取れなかったらしい。
何事も無く翌朝を迎え、商隊の振舞う朝食を食べ、また徒歩で辺境へと向かう。
「おう、嬢ちゃん元気そうだな。今日もがんばれよ」
『頑張るよ!』
ただ配置につく際に、そんな風に声をかけられた。
当然昨日の男達の一人で、他の護衛達は微妙な顔みせている。
ただ他の連中の様子に気が付く事は無く、男達は予定通りの配置についた。
「お、おも、しろ、すぎる・・・!」
ゲオルドとヒャールはもう慣れた様だが、セムラはまだ笑えるらしい。
とりあえず隣で笑う女の事は無視して、一応警戒しながら商隊の先頭を歩く。
「・・・ん?」
ただその途中で、何となく森の奥の気配が変わった感じを覚えた。
得物を狙う獣が見つめる様な、殺意も籠った感覚を。
今までの様に人の多さに様子を伺い、ただ警戒する気配とはまるで違う。
『なんだこらー! やんのかー! おー!?』
明らかに、隙あらば襲う、と俺でもすぐに解る程の気配だ。
そのせいか精霊が森の奥へチンピラの様に吠えている。
まあ聞こえていないだろうが・・・いや、力の気配は感じているかもしれんな。
「セムラ、アレは打って出なくて良いのか?」
「私達が離れたのを見て、他の魔獣が商隊を攻撃しても困る。基本は迎撃のみ」
「それはそれで後れを取りそうな気もするが・・・」
「その時はその時。下手に護衛対象から離れる方が良くない、ていうの護衛依頼の基本」
それは確かにその通りだが・・・明らかに殺意を向けている獣を放置の方が危ないと思うが。
いや、セムラは慣れた様子を見せている以上、これも何時もの事なんだろう。
ならば俺が下手に動くよりも、彼女の判断通りにしている方が問題は無いか。
「解った。動く時は指示をくれ」
「・・・指示で良いんだ。意外」
「意外か?」
「だって、人の言う事なんか聞く気が無い、って感じだったし」
「面倒な奴の言う事は聞く気が無い。聞く意味がある言葉には耳を傾ける」
「ほうほう・・・つまり私の言葉は耳を傾ける価値が有ると。むふう」
・・・嬉しそうだな。何がそんなに嬉しいのやら。
「これが懐かなかった猫が懐く感じ・・・良い!」
誰が猫だ誰が。
『妹が猫!? 本当!? ほら、喉撫でてあげるよ。ゴロゴ――――――』
とりあえず精霊は何時も通り投げ捨てておく。
どうせすぐ戻って来るだろうが、これで暫くは静かだ。
傍に居ると足元をウロチョロウロチョロ邪魔なんだ。
俺の行動に周囲は首を傾げていたが、説明する義理も無いので放置だ。
その後は警戒をしつつも移動を続け、予定通りの野営地点に辿り着いた。
『野郎ども、野営の時間だー!』『準備だー!』『何食べるー!?』『野草なら拾ったよ!』『これ毒キノコー!』『やったぜ毒キノコ―!』『わーいお目目グルグルになるー!』
投げ捨てた精霊が何故か増えて、野営場所に陣取ってた。
毒キノコを食うな。というか、お前達に毒なんて効果あるのか?
いや違う。そもそも絶対食事自体の必要ないはずだ。
因みに精霊が見えていない連中は、キノコの欠片が風に舞っている様に見えている。
精霊共が無軌道に動いているのが見えるのは、相変らず俺だけしか居ない。
「ミク、今日も私達は先に寝る」
「解った」
食事を終えて夜の警備の時間になり、俺達は予定通り先に睡眠をとる。
荷車の中で毛布にくるまり、セムラが何故か抱きしめて来るので暖かい。
そうして寝ていると――――――――ふいに気配が近づいて来るのを感じた。
「セムラ」
「魔獣だ」
どうやら彼女も感づいていたらしい。声をかける前から起き上がっていた。
ならばとそれ以上の会話はせず、お互いに荷車の外に飛び出る。
それと同時に少し離れた位置から怒号が聞こえ、固い物を弾く様な音も響いた。
「「「「「敵襲!」」」」」
誰の叫びかは解らない。複数人の叫びで荷車から人の動く気配がする。
恐らくだがその前から起きて、飛び出す準備は終えていた様に感じた。
ゲオルドは一番反応が早かった辺り、流石はまとめ役という所か。
「・・・そこそこでかいな。それに群れか」
視線を戦場に向けると、四足の大型の獣と護衛達が戦闘をしていた。
犬型だが、犬と言うには可愛げのない、凶悪なフォルムをしている。
足は明らかに男達の太ももより太く、爪は下手な武器を破壊しそうな気配が有る。
更に毛皮が頑丈なのか、切りつけた男の刃筋が肉まで届いていないのが見えた。
何よりも牙だ。開けた口の牙が凶悪で、噛まれたら絶対助からないだろう事が察せられる。
「てめえらは手を出さずに周囲の警戒してろ! こいつらは俺達だけで充分だ!!」
近場なので応援に向かおうとした集団に、リーダー格らしい男が叫ぶ。
傍目からはかなり危ない様に見えるが、手を出して欲しく無いらしい。
応援に入ろうとした連中は、その言葉を聞いて足を止めた。
「・・・良いのか、助けなくて」
「協力する気のない連中に対して下手に応援に入ると、怪我しかねないから」
つまり、このまま連中が消耗しつつも魔獣も消耗させ、疲れた所を割って入ると。
「それに連中も完全に間違った事は言ってない。アイツらが抑え切れるなら、他の魔獣が襲って来る警戒に人を割けるから。あれが群れの本隊じゃない可能性も普通にあるし」
陽動部隊が先に突っ込み、別の場所から本隊が商隊を襲う訳だ。
戦える人間は戦場に向かい、戦えない位置に固まる人間を狙うと。
中々賢いじゃないか。魔獣も辺境で戦い慣れているという事か。
確かにそう言われて観察すると、注目を集める為に加減している様に見える。
「・・・本当だな」
そしてセムラの言う通り、別の方向から魔獣が近づいて来るのを感じた。
男共が戦っているのと同じ魔獣で、明らかに協力している事が見て取れる。
「あっちはゲオルド達がなんとかする、向こうをミクに頼みたい。援護はする」
「解った」
群れの襲撃は全部で4方向。どれか一つが成功すれば良いという感じか。
その内一角の迎撃を指示され、答えると同時に地面を蹴った。
「――――――」
犬の癖に良い顔をするじゃないか。思わずそんな感想を抱く驚き顔。
けれどその顔は俺が拳を振り抜くと同時に吹き飛び、他の犬に動揺が走る。
全員動きが一瞬止まり、けれどその隙を逃すはずも無い。
二匹目を近づいてぶん殴り、また頭を吹き飛ばした。
そこで勝てないと踏んだのか、ヒャンと泣きながら逃げ出す犬達。
逃がすものか――――――。
「追撃は無し! あっちに応援!」
――――――護衛依頼だったな。逃げる獣を追っても仕方ない。
セムラの指示に従い、彼女の指をさす方向に飛ぶ。
一歩で戦場に肉薄して横合いから殴り飛ばし、また魔獣の頭を粉砕した。
するとまた同じように周囲の動きが止まり、何故か他の護衛達の動きも止まる。
とはいえ気にする時間がもったいないと、追撃で二体魔獣の頭を粉砕。
・・・今更な話だが、頭が大事な素材だった場合もったいないのでは。
なんて事を思いはしたが、本当に今更な話なので置いておく。
そこでまた犬達は情けない鳴き声を上げて逃亡を始めた。
今度は自分の意志で追いかけはせず、周囲を確認。
するとゲオルドとヒャールが既に一つの群れを追い払っていた。
足元に倒れた魔獣が居る辺り、やはり実力者といった所か。
「くそがぁ!」
残りは最初に襲撃してきた群だが、そっちはまだ片付いていなかった。
男達のうち数人は負傷しており、リーダー格の男は何とか戦えているという様子だ。
ただ男達と戦っている魔獣は、ちらりと俺を見て警戒を見せる。
逃げるタイミングを狙っている様に見えるな。
どうも俺達が応援にあえて入らない、という事を理解している様子だ。
「セムラ、応援に入らなくて良いのか」
「自分達で何とかするって言ってたし」
「死ぬぞ、連中」
「死ぬ前には手を出す」
なんて事を言っていると、リーダー格の男の武器が爪で大きく弾かれた。
明らかな隙。そこに魔獣の牙が迫り――――――その魔獣の目にナイフが突き刺さった。
「上手いな」
「投げナイフは得意。ふふん」
セムラがナイフを投げたのを皮切りに、ゲオルドや他の護衛も動いた。
ヒャールも石の礫の様な物を放つ魔術で牽制し、犬達は完全に崩れ始める。
そこでタイミングもクソも無く1頭が逃げ出し、2頭目が逃げ出しと。
最終的に逃げ出せなかった位置に居た魔獣が狩られ、それで戦闘は終わった。
「被害報告を!」
商隊頭が大きな声で告げると、それぞれ確認して報告を告げる。
荷物や羊に被害は無し。荷車も一切の被害無しだ。
被害を受けたのは・・・最初に戦闘に入った集団のみ。
「クソが、こんなはずじゃ・・・!」
負傷者を抱える事になった男は、悪態を吐きながらも仲間の手当てをしていた。
幸い重傷者は居ない様だが、それでも負傷しての戦闘は厳しいだろう。
「あれが、辺境を甘く見る、という事」
「良く解った」
確かに、これでは死者が出る訳だ。
セムラが居なかったら、実際あの男は死んでいたしな。
『どうだ参ったかー!』『これが僕達の力だー!』『大勝利ー!』『ふぅははー!』
・・・お前ら何もしてないだろ。
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