第22話、自分への目

「では皆さん、ここからは辺境に足を踏みいれます。よろしくお願いします」


 商隊頭が護衛達に向けて、改めた様子でそう告げた。

 その言葉に対する反応は人それぞれだ。

 気を引き締めている者、緊張している者、余裕そうな態度の者と。


 我らが護衛達のまとめ役殿は、気を引き締めつつも肩の力は抜けている。


「じゃあ、予定通りの配置についてくれ」


 そしてゲオルドがそう言うと、護衛達はそれぞれ決められた配置につく。

 指示されるのが気に食わなかったのか、一部の人間は舌打ちをしていたが。

 ともあれ商隊の出発準備は既に終わっている以上、ここで揉めても損しかない。


 自ら問題を起こして商隊を遅らせれば、それは自分の経歴に傷がつく。

 なので気に食わずとも今は素直に従い・・・魔獣が出て来たら態度が変わるのだろう。


「馬鹿馬鹿しい」


 思わずそんな言葉が漏れる。まとめ役など損しか無い仕事だという言うのに。

 お山の大将になりたい人間には、周囲を見る面倒さが解らないらしい。

 だからこそあんな態度な訳だが・・・アイツは本当に強いのだろうか。


 これで魔獣が出て来た時に役立たずであれば、恥をかくのは自分だろうに。


「ミクは、私と一緒」

「最近はずっとそうだろう」


 今日も今日とてセムラが一緒で、だが今日からは何時もと事情が違う。

 この先は何時魔獣が襲って来るか解らず、移動速度が速いと分断されかねない。

 魔獣とて獣に違いは無く、群れで生活する魔獣も居る。


 むしろ魔獣と普通の獣が混ざっている群れだってあるそうだ。

 そういう『群れ』が襲ってきた場合、散らばっていると対処が難しい。


 羊達を走らせた場合、安全のために車間距離が必要だ。

 つまり車間距離が致命傷になる可能性が有り、となれば徒歩の速度が望ましい。

 車を詰めて縦の大きさを出来る限り小さく、護衛達が対処出来る様な陣形だ。


 この辺り護衛だけではなく、商隊も辺境に慣れている様子が見て取れるな。

 商隊の詳細は聞いていないが、もしかすると大手の商会の輸送隊なのかもしれない。

 となれば雇い主としても護衛しやすい常識を知っていて、お互いに助かる相手という事か。


「・・・襲ってこないな」


 そんな雰囲気のせいか、俺も少し気合を入れていた。

 だが実際に街を出て進んでみると、魔獣が襲って来る様子は無い。

 むしろ何とか作られた道の向こうの森から、様子を伺うだけに見える。


「まだこの辺りは、逃げてきた魔獣とかが多い」

「ああ、敗北を経験している獣か」


 成程、森の奥から出て来ない訳だ。商隊の規模を見て襲わない判断をしていると。

 これがもし常勝の獣であれば、こちらの数など気にせず突っ込んで来るだろう。

 それこそあの時の猪の様に。我が前に敵は居ないとばかりに。


「つまりまだ暫くは暇、という事か」

「それでも、襲って来る時もある」

「気を抜いた所をやられる訳だ」

「そう。甘く見て、死ぬ」


 当然の様に言い放つセムラは、恐らく死者を何度も見ているのだろう。

 護衛依頼を何度も受けている様子が有り、危険地帯の護衛も受けるチーム。

 彼女の言葉には、魔獣を甘く見た人気達の結末を感じさせた。


 そしてその言葉はきっと、俺に対しても向けられているのだろう。

 巨大魔獣を倒した実力を認めていても、油断して居れば死ぬぞと。

 俺の隣に陣取っているのは、それで俺が死ぬ事が無い様にという訳だ。


 ・・・ゲオルドの事を言えない程度には、セムラもお人よしだな。


「まあ、無駄に死にたくはない。気を付ける」

「うん、気を付けて」


 俺の答えを聞いたセムラは、満足そうな笑みで俺を頭を撫でた。

 本当にお節介だ。面倒を背負って早死にする連中だ。全く・・・。


 そうして初日は特に問題無く、魔獣に襲われる事なく開けた場所で野営をする事に。

 元々は街を築くために開こうとして、ここは無理だと諦めた場所だそうだ。

 おかげである程度見通しが良く、野営をするのに持って来いという所だろう。


 この先もそう言った『何かを作ろうとした場所』で野営をする事になっている。

 つまり事前に聞いていた、壊滅した宿場町周辺という事だろう。

 下手に廃墟になると逆に危険だと、建物は殆ど取り壊されているらしいが。


「んじゃ今日の夜の警備の順番だが、半数で交代でやる。車が固まっているから移動時より警戒はし易いが、何かあれば必ず仮眠組も起こす様に」


 荷車は二か所に分けて集められている。

 これは全ての荷車がやられない為の対処だそうだ。

 最悪片方をおとりにして、片方の荷車で急いで逃げると。


 勿論できれば全部守りたいが、そうも行かない瞬間もあるそうだ。

 荷物の全滅や、人員の死亡を引き起こすよりは、荷物をいくらか犠牲にして先に進む。

 これが全ての商隊の常識かは解らないが、少なくともこの商隊はそうするつもりらしい。


「はっ、俺達が警備してる間は仮眠組を態々起こす必要もねえよ。ああ、勿論お前らが警備してる時は起こしてくれて構わねえぜ。頼りなさそうだからなぁ」

「そりゃあ、頼りになる」


 どうにか主導権を奪いたいらしい連中は挑発するが、ゲオルドはどこ吹く風だ。


「じゃあ、先に夜間警備を任せる。俺達は仮眠させて貰うよ」

「はっ、何なら朝まで眠ってな」


 ゲオルドの一切構わない様子に、苛ついた様子で警備に就く男達。

 それを見送るゲオルドは、残った人間達に指示を出していく。

 夜間警備は連中だけではなく、他の者達も何人か就く。


 なので何かあった時は起こす様にと、こちらにはしっかりと念を入れていた。


「んじゃ寝るかー」

「何事も無いと良いなぁ」

「ミク、寝よう」


 俺はいつの間にか仮眠組になっていた。まあ別に構わないが。

 あの連中と話をしても、絡まれる予感しかしないからな。

 ・・・そういえばあの連中、俺には一切絡んでこなかったな。


 その点を少し不思議に思いつつ、交代の時間まで仮眠を取った。

 そして何事も無く交代の時間になり、少し寝ぼけながら体を起こす。


「ミクの弱点、見っけ」


 セムラが嬉しそうにそんな事を言う。

 別に弱点という訳でも無いだろう。お前らが起きた気配で起きたんだからな。

 ゲオルドは俺が起きたのを確認すると、武器を身に着けて荷車を出た。


「ふあああ・・・んむ」

「おいヒャール、ちゃんと起きろ」

「起きてるよぉ。ふあああぁ」


 むしろ俺よりもヒャールの方が眠そうだがな。

 あれで大丈夫なのか心配になる。

 そうして交代を告げに行くと、男達が怪訝な顔を俺に向けて来た。


「お嬢ちゃんも起きてるのか? ちゃんと寝なくて大丈夫か?」


 ・・・ああ、うん、今の発言で分かった。

 これは俺を護衛の一人として見ていない。


「ぷ・・・くくっ」


 おい、セムラ笑うな。面倒だから。


「無理はしない。そこまで眠くも無い」

「そうかい。嬢ちゃんがどんな事情で辺境に行くのか知らないが、あんまり無理しない様にな。ここからが大変になると思うから、寝れる時にちゃんと寝るんだぞ」

「ああ、解った」


 ゲオルドに絡んだ男達は、その時の態度が嘘だった様に俺に優しかった。

 そんな男達が荷車に乗り込み、姿が消えた所でゲオルド達に目を向ける。


「は、はらいてえ・・・!」

「護衛だと思われてなかったんだ・・・!」

「み、ミク相手に、気遣いとか、笑える・・・・!」


 三者三様で今の光景に笑いを堪えられず、腹を押さえながら笑っている。

 流石に皆が寝ているので大声は出さないが、これが昼間なら大爆笑だっただろう。

 ひとしきり笑って気が済んだのか、ゲオルドは涙を拭きながら口を開く。


「いやぁ、しかし意外だったな。ミクなら『俺は護衛だ』ぐらい言うものかと思った」

「別に、主張する必要を感じなかったからな。絡まれなければそれで良い」

「あー、判断基準そこなんだ」


 もしあれで『護衛とは認めない。帰れ』とでも言われたら別だったがな。

 勘違いしているなら別にそのままでも構わない。俺のやる事は変わらん。

 今の俺は、間違いを馬鹿正直に訂正してやる善人ではないのでな。


 悪党らしく、適当にあしらって、適当に過ごすだけだ。


「さて、魔獣は襲って来るだろうか」

「襲ってきてほしいみたいに言うな頼むから。他の連中に聞こえたら面倒だぞ」


 ・・・本音を言えば襲ってきて欲しいが、流石に不謹慎か。

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