第20話、合間の自由時間

 宿場町での宿は商隊持ちであり、ただし一人一部屋という訳にはいかない。

 ある程度の人数で一部屋、という形の宿泊になっている。

 となると誰と一緒に寝るかという事になるのだが、当然基本は信用できる相手とだ。


 先ず護衛依頼を受けるような連中は、一人で受けていない事が多いらしい。

 チームで組んで護衛に付き、それぞれ得意分野で役目を果たす形だと。

 中には全員同じ能力の人間も居るが、基本的にはそれぞれ役割分担という訳だ。


 勿論一人で護衛を引き受ける者も居るが、今回はそういう人間は居ない。

 俺以外は、という注釈が入るが。


「・・・どうするか」


 当然顔見知りなど一人もいない俺は、完全に孤立した形になる。

 とはいえ今回商隊について来ている形だし、最悪荷車に寝泊まりという手もある。

 野営の場合は商隊の人間と仮眠組はそうするらしいし、毛布が有ればいけるだろう。


「おい、ミク、どこに行くんだ?」


 そう判断して宿を出ようとしていると、ゲオルドに呼び止められた。

 振り向くと、彼と組んでいるらしいセムラとヒャールも気にした表情だ。


「俺は荷車で寝る」

「おいおい、折角宿取って貰ってるのにか?」

「俺は一人だからな」

「・・・お前さんなら、アイツらが歓迎すると思うが」


 ゲオルドがチラッと視線を向けた先には、女だけで固まった集団が居た。

 彼女達も護衛であり、どうやら女だけで組んで活動しているらしい。

 確かに彼女達なら迎え入れてくれる可能性はある。俺に敵意も向けていないようだしな。


「休める気がしない」


 ただあの集団に捕まると、少々疲れそうな予感が有る。

 それなら一人で荷車で寝た方が休める気がする。


「あー・・・じゃあ、俺達の所来るか?」

「良いのか?」

「むしろ嬢ちゃんが嫌じゃないなら、って所だな」

「なら世話になる」


 この男には助けられているし、俺の実力も知っている。

 信用というには難しいが、少なくとも警戒する必要は薄いだろう。


「やった」


 ただ後ろで小さく口にしたセムラが少々気にはなるが。

 とはいえ俺も別に荷車で寝たい訳でもないし、言葉を覆す程の事でもない。

 誘われたままに三人について行き、本来は二人部屋であるはずの部屋に入る。


「私とミクは、小さいから一緒に寝れる」

『僕も小さいよ!? 妹と一緒に寝れるよ!?』


 セムラが勝手に決定した。いや、確かに女子供の二人なら寝られるとは思うが。

 精霊はそもそも・・・お前多分寝る必要ないよな。何故か寝ているが。


「じゃあ俺が床で良いよ」

「いえ、今日は僕が床で」


 あちらはあちらで謎の譲り合いが発生している。

 セムラと俺がベッドを一つ確保した事に異論は無いらしい。

 というか、別に俺が床でも構わんのだが。


「俺が床でも良いぞ」

「「「それは無い」」」


 息ピッタリだなお前ら。


「同じ部屋に誘っておきながら床に寝かせるとか、普通やる訳ないだろ」

「女の子を床で寝かせて自分はベッド、というのは気が引けるよ」

「ミクは私と一緒に寝る」


 セムラが逃がさないとばかりに抱きしめて来た。

 別に何でも良いが。どうせ寝るだけだしな。


「ゲオルドとヒャールも一緒のベッドで寝れば良い」

「僕はまあ、別にそれでも構わないんだけど・・・」

「ヒャール。頼むからセムラに餌を与えるな。な?」


 ゲオルドの言い分に少し首を傾げる。餌とは一体どういう事だ。


「酷い言い草。私はただ、男同士の友情を見れると嬉しいだけ。さあ、抱き合って寝ると良い」

「仲間で欲望を発散するな馬鹿野郎」


 ・・・成程、セムラはそういう趣味な訳だな。

 仲間に素直にぶつけるのは、仲が良いのか欲望に忠実なだけか。

 まあ組んで仕事をしているという事は、お互いに信頼関係は有るのだろう。


「はぁ・・・とりあえず食事にしようぜ。宿代は食事代も込みだ。食わないと損だぞ」


 ゲオルドは疲れた様子でそう言って部屋を出て、ヒャールも苦笑しながら付いて行った。


「私達も行こうか、ミク」

「・・・そうだな」


 全く悪びれた様子も無いセムラに手を引かれ、俺も一緒に食堂へと向かう。

 そうして食堂には大人数が集まり、当然ながら全員同じ食事を食べる。

 食事を終えたら部屋に戻り、セムラの宣言通り一緒のベッドで眠った。


 尚床はゲオルドに決定したらしい。ヒャールと交代になったそうだ。

 俺は今後もセムラと一緒、という事が勝手に決定された瞬間でもある。

 そうして翌朝食事を取ったら出発し、また宿場町に泊まる。


 基本的にこの繰り返しで、細々とした事以外に変化の無い日々が続く。

 ただ暫くして大きな街に辿り着き、そこで一旦自由時間という事になった。


「出発は明後日の朝になります。引き続き護衛をして下さる皆さんは、よろしくお願いします」


 どうも商隊の荷物をこの街でも幾らか積み下ろしするらしく、その為に二日使うそうだ。

 最終的な目的地が辺境というだけで、その途中で仕事をしないという訳では無いらしい。


「ゲオルド、こういう時は、この街にある組合に挨拶に行った方が良いのか?」

「いや、俺達は辺境までの護衛だから、そこに着くまでは必要は無い。たとえ自由時間でも護衛依頼中なのは変わらないから、別の依頼も受けられないしな」


 つまりは二日間、やる事が何も無い時間が出来たという事か。


「ああでも、ミクはどこまでの護衛なんだ? 途中までの護衛なら、ここで解散だが」

「・・・多分辺境までの護衛だと思う」

「多分?」

「この護衛依頼は俺が見つけて受けた訳ではなく、支部長が俺におあつらえ向きだと言って決まった依頼だ。だからどこまでの依頼、という事は何も決めてない」

「あー、なら辺境までじゃないか。商隊はその後暫く街に留まる予定だろうし、俺も辺境までの護衛依頼で受けてるしな」


 なら俺も同じか。とりあえず辺境までは組合を気にしなくて良いという事だな。


「俺達は移動で鈍ってる体を解しに、適当に訓練でもするつもりだが、ミクは?」

「何も予定は無いが・・・訓練か」


 どうせ予定も無いのだし、俺も同じ様に訓練をするのも悪くないか。

 体術剣術の類は多少会得しているが、この体になってから真面に使っていない。

 いや、その時の慣れた感じで体を動かしているから、一応使ってはいるのだが。


 とはいえ達人という事も無く、完全に身体能力頼りの使用法だ。

 折角強くなるという目的が有るのだし、多少研鑽するのも悪くは無い。

 それにこの男は魔獣に立ち向かう気概のあった男だ。技量もそれなりに有るだろう。


 ある程度の強者の立ち位置らしいし、この男との手合わせは俺の糧になるはずだ。


「邪魔でなければ付き合って良いか?」

『訓練するのー? じゃあ僕もー!』


 ・・・何をするつもりか知らないが、精霊は放置の方向で行こう。


「むしろ大歓迎だ。ただし、お手柔らかに頼むぜ。俺はミクほど強くないからな」

「加減はする。訓練だからな。その辺りは弁えているつもりだ」

「ははっ、じゃあ宜しく頼むよ」


 ゲオルドはやけにご機嫌そうにそう答え、ヒャールがとセムラは苦笑を見せる。


「いやぁ、ミクが滅茶苦茶強いのは知ってたから、胸を借りたかったんだよなぁ。楽しみだ」


 成程、訓練の話をしたのは最初から誘うつもりだった、という事か。

 そこで俺から提案が出たことで、誘う必要が無くなりご機嫌と。

 ふむ、そういう事なら俺も気兼ねなく利用できるな。


「あ、僕はゲオルドみたいに頑丈じゃないから、もっと手加減してくれると助かるよ」

「私も、ミクに殴られたら、死ぬ」


 まあ、ヒャールは見るからに接近職の体格していないしな。

 武器も基本的にナイフの様だし、懐に投げナイフも入れているらしい。

 本職は魔術師らしいが、現状一度も見ていないので技量の程は解らん。


 セムラは明らかに斥候で、正面から戦うタイプではないだろうな。

 もし戦う事になったとしても、細かく動いて隙を狙う感じだろう。


「まあ、宜しく頼む」


 そうして行われた訓練は、お互いに利のある物だったと言えるだろう。

 少なくともゲオルドは物凄く上機嫌だったし、俺も満足だった。

 なお精霊達は勝手に増えて、勝手に争っていた。


『満足!』


 ・・・ぽかぽか殴り合ってただけにしか見えなかったけどな。

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