第19話、護衛の理由

 配置を決めているのかと言われたので、てっきり歩いて警備するものと思っていた。

 だが実際には、街を出て少しの間だけ徒歩で、途中からは荷車に乗っての移動らしい。

 平和な街道を徒歩で移動などしていたら、何時目的地に着くか解らないと御者に笑われた。


 よって俺は先頭を行く荷車に乗り、御者の隣に座って前方を警戒している。


「お嬢ちゃん、酔ったりしてないかい?」

「大丈夫だ、問題ない」


 今の所はこれといった問題は無い。獣の気配はするが全て森の奥だ。

 どうやら走る荷車集団を襲う様な獣は余り居ないらしい。

 それこそ先日出て来た巨大魔獣の様な、他とは違うレベルの魔獣でもない限り。


 もしくは寒い時期に森から餌が取れず、飢えた獣が街道に降りて来るか。

 だが今の時期は暖かく、そんな事が起こるような季節ではないそうだ。


 つまり護衛として雇われたが、通常の道行きである限り護衛は万が一の為という事だ。

 基本的に特に問題無く街道を進み、そして全くの問題無く目的地にたどり着くのが常。


 だからと言って護衛を雇っていないと、その万が一に対応出来ない。

 いつ来るか解らない万が一。その為の金をケチる人間から死んでいくそうだ。

 中には運が余程良いのか、万が一が起きても生き延び続ける者も居るらしいが。


 そんな話を御者から聞きながら、若干ぼーっと前方を見ている。


『妹が走る方が早い気がする』


 俺の隣に座る精霊がそんな事を言うが、それは仕方ない話だろう。

 荷車を引いている獣は、羊の様な生き物だ。

 ただしそのサイズはかなり大きく、一体で荷車の半分ぐらいある。


 二頭で平然と荷車を引き、疲れも見せず走れる程度には力強い獣だ。

 だが魔獣では無い様で、となればその身体能力には限界もあるだろう。

 精霊と魔獣・・・それ以外にも色々混ざってるらしい俺と比較しても仕方ない。


『僕が増えて引けばもっと早いのでは!?』

「頼むから止めろ」


 こいつが増えだすと、全員無軌道に好き勝手に動き出す。

 本当に荷車を引き始めたら、目的地を無視しかねない。

 最悪全ての荷車がバラバラに移動し始める予感がする。


「そろそろ宿場町に着くね」

『うおー! 妹よ放せー! 僕はやるぞー!』


 精霊を捕まえて抑えていると、御者の言う通り前方に町の様な物が見えて来た。

 予定では暫くは宿場町を経由するそうだが、途中からは野営になると聞いている。

 俺達護衛が本格的に活躍するのは、その野営が必要なルートに入ってからだそうだ。


 先程の平和な道行きの話は、あくまで平和で問題ない街道の道行きの話でしかない。

 この商隊がどこに行くのか知らなかった俺に、御者は親切にもその辺りも教えてくれた。


「辺境、か」


 この世界には、魔獣が生まれやすい地域、という物が存在するらしい。

 普通の獣が突然魔獣になる事もあり、危険地域と認識される場所だそうだ。


 そういった地域を放置していると、どんどんと魔獣が増えていく。

 増えた魔獣はお互いに争い、そして負けた魔獣が逃げて人里に降りて来る。


 当然魔獣被害は通常の獣の比ではなく、更には被害を受けるのは人間だけじゃない。

 人間が必要とする様な獣も、魔獣が食らって生息範囲を広げていく。


 単純に食料の為や、魔核の事を考えれば、魔獣を狩る方が有用だとは思う。

 だが不思議な事に魔獣になり難い獣、という物も存在するそうだ。

 そういった獣達は希少な薬になる事が多いらしい。


 となればどうするか。簡単な話だ。獣を食らう魔獣を駆除するしかない。

 そもそも人里への魔獣被害の拡大を防ぐ為にも、何かしらの対処が必要だ。

 その為に作られた砦が有り、そして砦を中心に街があるそうだ。


 つまりこの商隊の目的地は、魔獣溢れる危険な砦街らしい。


 道中で野営が必要になるのも、下手に宿場町を作れないからだそうだ。

 何度か作った宿場町が壊滅していて、再建している最中にまた襲われたりなど。

 人間は逃げて生き延びられたそうだが、安心して泊まれない宿場町など意味が無い。


 つまり数の多いこの護衛の本当の仕事は、魔獣が出る地域に入ってからという訳だ。

 勿論盗賊や、その手前での万が一も考えているだろうが、実質はその為の護衛。


「随分都合が良い」


 支部長は解っていたのか、それともただ俺の実力を知っていたが故か。

 どちらにせよ魔獣が多い地域という事は、俺の目的の為には都合が良すぎる。

 さてはてどんな魔獣が居るのやら。俺を強化できる程の魔獣が居れば良いが。


 そんな事を考えている内に、商隊は宿場町へと到着する。

 荷車のまま町をゆっくりと移動し、宿らしき建物の敷地へと入って行く。


「お嬢ちゃんは先に降りてくれるかい。ああ、荷物はどうする?」

「持って行こう。着替えも入ってるしな」


 御者に言われた通り、荷車が止まった所で荷物を持って先に降りた。

 すると後ろの荷車からも人が続々と降りて、御者だけが残って何処かへ向かう。

 恐らく羊達と荷車を預ける場所が奥に有るんだろう。


「くあ~・・・何時もの事だが、乗ってるだけなのに体がだるくなるな」

「動いてない時間が多いからねぇ。結構気も使うし」

「私はお尻が痛い。出来れば歩きたい」


 出発前に俺に礼を言って来た集団も、車を降りた後伸びをしている。

 尻が痛いと言ってる女は、まあ、気持ちは解らなくはない。

 荷車はあくまで普通の荷車だ。サスペンションの類など付いていないからな。


 俺は自分の体が強靭だから余り気にならないが、普通の子供ならきつかったと思う。

 連中は俺が見ている事に気が付くと、笑顔で手を振って近づいて来た。


「先頭車両での警戒御苦労様、お嬢ちゃん」

「警戒というほど何もしてはいないがな。獣も森から出て来る気配が無いし」

「そういう警戒が出来てるなら、先頭に居る意味があるさ。もし万が一が起きた場合は期待してるぜ。俺達は楽をさせて貰うからな」


 まるで自分は何もしていないとでも言っている様だ。

 俺の一つ後ろで警戒しているくせに良く言う。


「万が一なのだから、早々起こりはせんだろう」

「ははっ、確かに。万が一が何度も起こられても困るな。既にこの間遭遇した訳だし」


 ああ、確かに言われてみればそうか。こいつらはその『万が一』に遭っていたな。

 ただ万が一だった事を考えれば、俺にとっては万が一の幸運だった訳だが。

 あそこで猪が出て来てくれたからこそ、俺は魔核という目的を見つけたのだからな。


「けっ、本当にこんなガキが強いのか?」

「どう見ても、そんな実力があるようには見えねえけどな」


 ただ俺達がそんな風に話していると、他の護衛の男達がそんな事を言って来た。

 俺が擁護されている時、怪訝そうな顔や、不愉快そうな様子を見せていた連中だ。

 ただそんな連中に俺が何かを言う前に、俺を擁護した男が前に出た。


「俺の言う事が信じられねえってのか?」

「・・・ふんっ、そのガキがヘマして信用を落とさねえと良いな」


 どうやら俺を擁護した男は、組合員の中では信用の高い男らしい。

 恐らく実力も有るのだろう。でなければ辺境の道行きの護衛など受けられないはずだ。

 そんな男の言葉をどう受け取ったのか、不満げな男達は捨て台詞を吐いて離れていく。


「悪いな。連中も矜持が有るからか、嬢ちゃんの見た目で納得出来ないみたいだ。この護衛を受けるだけの実力が本当にあるのかってな。過去に護衛で付いて来ておきながら足手纏い、って事もあったからだとは思うが。アレは組合も役立たずを送ったつもりは無かったんだろうがなぁ」


 あの男達が俺を信用していなかろうと、俺には余り関係のない話だ。

 実際にその場になった時、俺は俺の仕事をやるだけだからな。

 もし本格的に絡んできた場合は殴り飛ばす。それだけだ。


「まったく、可愛い子になんて事を」


 そんな事を話していると、女がスッと俺の背後を取って抱きしめて来た。

 出発の際も俺の頭を撫でていた女だ。動きの感じから斥候系の役目だろう。

 鎧も動きを阻害しない軽装だ。


「そういえば今更だが、一度も名乗ってなかったな。俺はゲオルドって言うんだ。嬢ちゃんの後ろで抱きついてるのはセムラ。俺の後ろに居るのがヒャールだ」

「ミクだ」

「暫くあんな感じになるとは思うが、俺も気にかけておくからよろしく頼むよ、ミク」

「絡んでこない限りは、特に気にする気も無い」


 俺の返事にゲオルドと名乗った男は苦笑し、ヒャールと呼ばれた男も同じ様子だ。

 ただ後ろで抱きつく女は、何故か俺の髪を三つ編みにし出した。何なんだこいつは。


『また妹が可愛くされている! くそー! 兄も負けないぞ!』


 ・・・お前の俺に対する着飾った時の対抗心も一体何なんだ。羽を増やすな羽を。

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