第17話、初依頼

『おー、人いっぱーい!』

「・・・本当に多いな」


 とりあえず街を出る挨拶が必要かと思い組合に来た所、人の多さにげんなりしている。

 近隣で仕事をするならこの時間に受けに来る必要が有るとはいえ、多過ぎはしないか。


「日雇い以外の仕事もあるだろうに・・・」


 少なくとも魔獣討伐などの依頼は、その日の内に終わらせるのは無理だろう。

 いや、出来なくはないだろうが、流石に当日を期日にするのは厳しいはずだ。

 先ず狙った魔獣が見つかるかどうか、という点も有るはずだからな。


 となれば日を跨いでの仕事も有るはずなのに、これだけ人が多いのはどうなんだ。

 それだけあぶれている人間が多いのか、それとも自由人が多いのか。

 ある意味で自営業に近いからな。仕事をしたい時だけ来る人間も居る気はする。


 そう考えると、今日は偶々人が多いだけの可能性も有るのかもしれない。

 いや、偶然だろうと必然だろうと、人が多く並んでいる事は変わりないんだが。


「・・・コレ、並ぶのか・・・面倒だな」

『じゃあ僕が代わりに並ぶー!』


 精霊が並んだ所で誰も気が付いていないだろうが。出来るなら変わって欲しいが。

 とはいえカードを使う事を考えれば、並んで受付に話を通す必要はある。

 重い足取りで人の列に並び、溜め息を吐きながら順番を待つ。


「なあ、あれって」

「しっ、止めとけ」

「目を合わせるな」


 気のせいか、腫れものを扱う様な風に言われている気がする。

 まあ、絡まれないならその方が楽で良いが。

 ただ俺に対して不思議そうな表情を向けている者も居るな。


「何であんな小娘が並んでんだ?」

「おい、ガキンチョ、こんな人の多い時間にふざけてんじゃねえぞ」


 まあこれだけ人が多ければ、こんな風に絡んでくる人間も居るだろうな。

 他にも同じような態度の者は居たが、そっちは誰かに止められている。

 こいつらは止める人間が居なかったらしい。まあ、つまりはそういう事だろう。


「俺が並んでいる事で貴様らに不都合でもあるのか」

『そうだぞー! 兄だって並んでるんだぞ! 大人しく並べー!』

「ああ!? あるに決まってんだろうが!」

「ガキの対応で受付が滞ったら迷惑なんだよ!」


 こいつらは馬鹿なんだろうか。俺が依頼主側の人間とは思わないのか。

 いや、たとえ依頼主なのだとしても、子供のするような依頼を受けない人間達か。

 少なくとも、俺から不評を買っても問題無いと思っての行動なんだろうな。


 武装も狩りをするらしき装備だし、明らかに荒事専門の連中だろう。


「おら、解ったらとっとと退――――」


 肩を掴んで列から弾こうとしたので、その手を取って放り投げた。

 そんなに上手く投げたつもりは無かったが、思いの他綺麗に投げれてしまった。

 男はキョトンとした顔をしながら、綺麗な放物線を描いて壁へと激突する。


「ぐえっ!?」

『おー、綺麗に飛んでった! 10点!』


 壁への激突よりも、その後の落下の方が痛かったらしい。

 上手く受け身を取れなかった事で悶えている。

 連れらしい男は一連の流れに驚き、あんぐりと口を開けていた。


「朝から何やってんだてめえら!」


 するとそこに昨日の支部長とやらが出て来て、ぎろりと鋭い視線を向けて来た。

 驚いていた男はそこで正気に戻り、気まずそうな視線を彷徨わせる。

 支部長が怒鳴った程度でその態度を見せるなら、最初からやるなと言いたい。


「・・・何かと思えば嬢ちゃんかよ。何があった?」


 ただその支部長はというと、俺の姿を見るなりげんなりした様子を見せた。

 流石にそれは失礼ではと思うものの、二日続けてトラブルを起こせばそんな態度にもなるか。


「別に、俺が大人しく並んでいたら、俺を列から弾こうとしたから投げ捨てただけだ」

「・・・はぁ、よりにもよってなーんでこの嬢ちゃんに絡むかなぁ。馬鹿じゃねえの」


 俺がただ事実を伝えると、支部長は頭を抱えて心底面倒くさそうに息を吐く。


「くそっ、ふざけんじゃねえぞクソガキがぁ!!」


 その間に投げた男が復活したのか、血走った眼で叫んで俺を睨んでいた。


「オイコラ馬鹿野郎、止めろ」

「あんだ、邪魔すんな! 先に手を出したのはそのクソガキだぞ!!」

「良いから止めとけ。な」

「るせぇ―――――」


 ゴスッと、鈍い音がした。同時に叫んでいた男は力なく崩れ落ちる。

 支部長の拳が顔面に綺麗に決まり、意識を完全に失ったらしい。

 大分鈍い音だったから、顔の骨が折れていそうだ。少なくとも鼻は折れてるだろう。


「おい、誰でも良いからソイツ端に転がしておけ」


 支部長はつまらなさそうにそう言うと、視線を俺の方へ戻す。


「で、お嬢ちゃん、何か仕事を受けに来たのか?」

「いや、街を出ようと思ってな、出る前に挨拶が必要かと思った。これを使う訳だしな」

「あー、うん、真面目で大変よろしい。出来れば面倒も起こさないでくれるともっと助かる」

「俺は絡まれたから投げただけだ」

「・・・うん、そうな。まあ、そうだな。そう言われると何も言えねえわ」


 支部長は大きな溜息を吐き、顔を上げると俺に手招きをした。


「嬢ちゃんはこっち来い。一緒に並べてるとまた面倒が起きそうだ」


 随分な言い草だなと思ったが、並ばなくて良いなら好都合だ。

 文句を言わずに従い、促されるがままに受付の内側へと入る。


「んで、街を出るんだな? 行先は?」

「特に決めていない」

「は? 決めてない?」

「ああ。気の向くままに適当に歩いて行こうと思っていた。辿り着いた先が目的地だ」

「それは目的地って言わねえんだよ・・・」


 支部長はまた頭を抱え、困ったように項垂れる。

 もしや移動の際は、行先も決めていないといけなかったのか。

 そうなると少し面倒だな。どこにどんな街が有るのか知りもしないぞ。


 多少は名称と方向が解っているが、正確な地図が無いから解らないのとほぼ変わらん。

 たとえ決めて出たとしても、街中で迷った身としては辿り着ける気がしないぞ。


「・・・つまり、行先はどこでも良い、って事だよな?」

「そうだな。どこでも良い。とりあえず何処かに行きたい」

「なら丁度良い依頼がある」

「依頼?」

『いらいー?』

「ああ。商隊の護衛依頼だ。今日の朝期限の今日出発だ。既に人数は揃ってるはずだが、お前さん一人ねじ込む程度なら問題無く出来る。お前さんなら戦力としても申し分ないだろうしな」

「ああ、商隊の護衛ついでに、知らない街に行けという事か」


 確かにそれなら、迷子にならずに別の街に辿り着く事が出来そうだ。


「だが良いのか、突然こんな小娘を割り込ませて」

「大型魔獣を倒せる嬢ちゃんが護衛なら、向こうさんは大歓迎だろうさ。向かう先が少々危険な方向でな。強い護衛は居るには越した事はない、って判断をするだろうよ」

『妹はとっても強いからね! でも兄の方が強いよ!』


 成程。そういう事なら、路銀稼ぎのついでに受けても良いかもしれないな。

 荷物に宝石が有るとはいえ、金はあるに越した事はないだろうし。

 そもそも現金の類が少ないからな。組合で問題が無いならそれで良いだろう。


 あとお前、自分の方が強い強いと言うが、戦った事一度もないだろうが。


「解った。こちらとしては渡りに船だ。宜しく頼む」

「あいよ、すぐ手続きすっから、カード貸してくれ」

「ああ」


 支部長にカードを渡すと、昨日の様に専用の道具にカードを差し込んだ。

 そして何やら少し操作をしてからカードを引き抜き、俺に返して来た。

 ただその際、カードと一緒に割符の片側の様な物も渡された。


「商隊にこれを見せれば、依頼を受けた人間だって解る様になってる」

「成程。で、その商隊はどこに?」

「あそこに集まってる連中が居るだろ。アレのバンダナしてる奴が案内してくれる」

『何あれダサい』


 言われて指をさした方向に視線を向けると、武装した集団が固まっていた。

 その中にバンダナをした非武装の人間が居て、何やら色々と話し合っている。


「ま、道中他の護衛と喧嘩しねえようにな」

「約束はしかねるな。絡んで来たら容赦する気は無い」

「・・・手加減だけはしてやってくれ」


 手加減か。まあここまでしてくれたのだし、礼代わりに多少は気を使うとしよう。


「解った。出来る限りそうしよう」

『妹ってば優しい!』


 俺の返事を聞いた支部長は何かを言いたげだったが、溜め息を吐いて奥に戻って行った。


「さて、護衛依頼か・・・何が出て来るのやら」

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