第16話、出る理由

「今日街を出るつもりだ」

『出てくよ!』


 もりもりと大量の朝食を口にしながら、何でもない様にそう言った。

 実際俺にとってはなんでも無い話なのだが、周囲はそうではなかったらしい。

 特に解り易い反応を見せたのは、息子の方だろうか。


「何か当家に落ち度でもあっただろうか」


 真剣な表情でそう訊ねて来て、領主も少し厳しい顔をしている様に見える。


「別に、落ち度などは無い。寝床と食事と衣服には感謝している」

『ベッドふかふかだったもんね!』


 これは本音だ。手持ちの金が怪しい自分にとって、宿が取れるかも不安があった。

 そもそも自分の身が幼い子供という事もあり、色々と面倒もあった気がする。

 今でこそ組合のカードが有る事で、何とかなる手段は思いつく。


 だがこの街に来た時点では余りに無知であり、助かる事の方が多かった。

 ただ感謝はしているとはいえ、それは名目上魔獣退治の報酬の様な物。

 ならば感謝以上の事をする必要は無いだろう。


 だからこそ俺に気をかけ、過分な歓迎をしていたのだとは思うが。


「ならば、街で何かあったのか?」

「別に、何も無い」

『迷子にはなったよ?』


 どうも俺が出て行くのは、気に食わない事があったからと思っている様だな。

 となれば警戒されているのは、俺がこの街に敵対行動をとる事か?


「俺は元々、この街に来たのは偶然だ。数日間の滞在は魔核の事と、多少知りたい事があったからに過ぎない。目的はもう果たした以上、この街に留まる理由も無い」


 そもそも目的の無い人間だ。最低限の目的が、強くなる事と、悪党である事だ。

 魔獣に関して知れた事がまだ少ない以上、もっと世界を見て知る必要が有る。

 その為には、始めて来た街に何時までも留まるのは得策ではない。


「ミクさん、本音を言って。街を出るのは、屋敷に気に入らない男が居るからではないの?」


 だがそこで、夫人がそんな事を言い出した。

 思わず食事の手を止め、険しい顔の夫人に目を向ける。


「聞いたわ。初日にミクさんに武器を突きつけ、その後も貴女を殺そうと提案したと。その上昨日も貴女に絡んだのでしょう。彼の事で、貴女は不愉快になっているのではなくて?」


 彼。俺を怪しんでいる男の事か。不愉快と言えば、まあ不愉快ではある。

 とはいえアイツが居るから出て行くかと言えば、別にそんな事は無いと言うしかない。

 何故なら居た所で滞在に不便は一度も無かったし、面倒なら投げ捨てるだけだ。


「彼には暇を出します。それでどうかしら」


 ・・・そこまで、俺を欲しがる理由は何なのか。

 気にはなるが、そんな事よりも、今の発言は俺には逆効果だ。


「あの男の事が気に食わないかと問われれば、気に入る訳が無いと言うしかない」

「なら――――」

「だがあの男はこの家の為に仕事を全うしているだけの男だ。融通が利かず視界が狭く、思い込みも激しい男ではあるが、貴様らに忠誠を誓っている事だけは俺でも解る」


 あの男は最初から最後まで、若と、領主と、夫人の事を考えての行動だった。

 俺に敵対的な行動をした事を許容する気は無い。気に入らないから殴り飛ばした。

 だがそれは、この家への忠誠と敬意から来る行動だったはずだ。


「夫人よ、何故そこまで俺の事を欲しがるのかは知らないが、俺はあの男を切り捨てる貴様らを信用に値しない。無論あの男にも落ち度は在ろうがな」


 奴に落ち度が無いとは言わない。俺に手を出すのは明らかに失敗だ。

 もし俺が気に食わないと、領主ごと殺す様な真似をしていたら大惨事だろう。

 その点を考えれば問題はあるが、それでも切り捨てられるほどの落ち度とは思えない。


 俺が怪しいのは事実だからだ。その警戒はしかるべき自然な行動だからだ。

 だからと言って、俺に直接絡むのは流石に残念感が拭えないが。


「この街を出て行く事自体に理由は無かったが、今確実に出ていく理由が出来た。悪いが、どう引き止められようと、これ以上滞在する気は無い。切り捨てられるのは御免なんでな」

『なんでなー!』


 夫人の意図がどこに有ろうと、この女は必要な物の為なら他を切り捨てる思考の持ち主だ。

 それがたとえ家に忠誠を誓い、真に自分の身を案じる騎士だとしても。

 ならば俺に何の利を見ているかは知らないが、利が無くなった時点で切り捨てられる。


「そ、そんなつもりは! 私はただ、貴女に残って欲しくて・・・!」

「それが本音だとして、忠実な部下を平気で切り捨てる人間が、何時心変わりするかなど解らんだろう。悪いが何をどう言おうと、信用には値しない」


 焦る夫人の言葉は、真実ただその為だけだと言っている様にも聞こえる。

 それが演技では無いとしても、俺の答えはもう変わらない。

 長く関われば信用も出来るかもしれない。真意も理解できるかもしれない。


 だがそこまでの手間をかける価値も感じなければ、最早不愉快しかないんだよ。

 何度も何度もそうやって、切り捨てられた側の人間としてはな。


「だが、ただ信用が出来ないと言うだけの話だ。この街を出たとしても、態々この街に敵対する様な行動をとるつもりは無い。勿論下手に追手を出せば、一切の容赦をするつもりは無いがな。相手が貴族であろうが何だろうが、根絶やしにするまで止まる気は無い」

「・・・承知した、ミク殿」


 俺の本気度合いを感じ取ったのか、領主は重苦しい声音でそう答えた。

 これでもう、この家と関わる事は二度とないだろう。

 もしあるとすれば、それは夫人が暴走して追手を出した時ぐらいか。


 万が一そんな事になれば・・・俺はきっと、もう一度この街に戻って来るだろう。

 宣言通り、この屋敷の連中を根絶やしにする為に。


「世話になった事に関しては感謝している。それについては本当だ」

「そうか。そう言ってくれるとありがたい」


 そこからは静かな物で、夫人の悲痛な表情だけが少し気にはなった。

 だが結局それ以上の会話も無く、食事を終えたら部屋に戻って出発の準備をする。

 昨日は結局とっとと寝てしまったからな。何も準備していない。


 そこでコンコンとノックの音が響き、使用人が部屋に入って来た。


「当主様からです。こちらをお使い下さい」


 そう言って差し出されたのは、簡易なキャスター付きの旅行鞄だった。

 とはいえ文化レベルを考えれば、かなりお高い逸品だろう。


「お食事の場で不愉快にさせたお詫びの品と」

「・・・解った。貰っておく」


 そういう事ならばと、鞄の中に詰められるだけモノを詰めていく。

 貰った物は全部鞄に詰めようとして、ただ流石に服に限界があった。

 一番かさばる物が服で、何よりもドレスは少々鞄に詰めるには厳しい。


「・・・幾つかだけにしておくか」


 どうせ全部持っていった所で、使うかどうかも怪しい代物だ。


「よし、行くか」

『しゅっぱーつ!』


 荷物を詰め終わり、大きな鞄をころころと転がす。

 そうして部屋を出て廊下を進むと、あの男が立っていた。

 俺を何度も怪しんでいた騎士の男が。


「・・・出ていくそうだな」

「ああ。これで貴様も気分が良いだろう?」

「・・・今は、そうでもない。あんな話を聞いた後ではな」

「ああ、食事の時の話を聞いたか。別に貴様が気にする事でもない。俺が気に食わなかっただけの事だ。別に貴様を案じた訳でも無ければ、貴様の肩を持ったつもりもない」


 俺はただ、自分の好きな様に行動しただけの事だ。

 この男の為、等とは一切考えていない。

 俺はただの悪党だからな。自分の為だけに動いただけだ。


「これまでの無礼を、謝罪したい」

「不要だ」

「だが―――――」

「不要だと言った。俺は貴様が気に入らない。貴様も俺を気に要らない。それで終わりだ」

「―――――解った。さらばだ」

「ああ、さらばだ」


 だから、これで終わりだ。和解も謝罪も何も必要ない。

 そうして男の横をすれ違い、見送りも無く屋敷を出ていく。

 ふと領主館を見上げると、窓から夫人が泣きそうな顔で見つめているのが見えた。


「・・・案外本音だったのかもしれないな」


 とはいえ、袂はもう分かたれた。屋敷に背を向け、二度とくぐらないであろう門を出る。


「さて、先ずは組合にでも行くか。一応報告が要るだろう。カードを使うならな」

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